家は武器

ADHD親子の、片付けられる家。

ポジティブ不登校

授業がスローモーションに感じる!

息子は、週に一度は学校を休むことを選択しています。

私たち親も、それがいいと今は考えています。

ルールは作りました。

  • 前日までに、休みたい旨を親に話して学校に連絡すること。
  • 学校で過ごすよりも充実した一日にすること。
  • 自分で予定を考えて、親の手伝いが必要なら早めに申請すること。

これを守ってくれれば、親も手伝うことにしています。

 

きっかけは、「授業がスローモーションに感じて退屈だ」という息子がもらした本音でした。

 

発達障害持ちには厳しい一斉授業

息子は楽しいことが大好きで、スピード感をもって、次々に面白いことをしていきたい子です。

教科書を読むのも早い、どんどん先に進みたい。

つまり、待てない。

 

「もうわかってることを、すっごく時間かけてやるんだ。」

「黒板にチョークで書く音が嫌いなんだ。」

 

退屈や不快感から、授業に関係ない本を読むようになっていました。

一、二年生の頃は許してもらっていたのですが、三年生になってから、とうとう本を取り上げられてしまいました。

そうしたら今度は、友達に話しかけて、おしゃべりするようになってしまったのです。

 

「我慢」よりも「休む」ことを覚えてほしい

自分のペースで過ごせないこと、退屈や不快感をどうしたら良いか。

従来的な考え方なら、「我慢すること」「周りに合わせること」を教えるべきなのかもしれません。

でも私達夫婦はこう考えました。

 

退屈を我慢してやり過ごす能力を身につけることは、彼の今と将来の何の役に立つだろう?

その時間と労力を、彼がマイペースで好きなことを思い切りすることに使ったほうがずっと有意義じゃないか?

いや、ただ休むだけでも良い。

いつも自分とは違うペース・苦手な環境に合わせて、十分頑張っているんだから。

 

学校に行く必要を考える

そもそも、Z会など、毎朝勉強しているから、勉強で遅れをとることも今のところなさそうだ。

一斉授業よりも、家の方が集中して勉強できている。

 

そもそも大人が在宅ワークする時代に子どもだけが、雨の日も風の日も雪の日も、病気が流行っているときも、学校に行かなきゃいけないのはなぜだろう。

 

友達に会えて、一緒に遊べて、イベントを楽しめる。

親以外の大人が気にかけて面倒を見てくれる。

子守を頼めるので、親が子育て以外の活動(仕事など)に集中できる。

 

これらは確かに学校に行かないと出来ないけれど、「毎日」行く必要はないんじゃないか…

こんな考えが浮かんでしまったのです。

 

勉強と体験は家庭でもできる

家でもできることはたくさんあります。

特に我が家の場合、夫は在宅ワークがメインで、平日時間を取って子どもと過ごすことも可能です。

なので夏は湖へ、冬は雪山へ子どもたちを連れて色んな遊びを一緒に楽しみます。

学校には正直に、「家庭の都合で」「俺が休みなので遊んできます!(夫)」と伝えて堂々と休んでいます。

特に遊びに行かなくても、図書館で好きなだけ本を読んだり、家で好きなだけ漫画を読んだり、親と料理したり、工作したり。

朝きちんとその日の分の勉強と、読書と、運動をすれば、その後はゲームしていても、いくらゴロゴロしていても、気にしません。

学校で色々と我慢して苦しい時間を過ごすよりも、ずっと良いと思うのです。

 

最近は近所に不登校の子どもたちのための居場所事業が立ち上がったので、そこに遊びに行かせてもらうことも検討しています。

 

「自分だけの休み」で復活!

家族みんなで過ごす土日とは違い、平日は親も用事があるので、息子一人の時間が多くなります。

週一回の「自分だけの休み」を、息子はとても楽しみにしています。

主体的に自分で考えた一日を、大切に過ごしてくれます。

 

しかし同時に、一人で過ごす一日の長さや、自分でスケジュールを組むことの難しさを感じ、学校に行くメリットも見つけられたようなんです。

そのせいか、その他の日は「進んで」元気に学校に行きます。

学校は学校でそれなりに楽しめているようです。

 

子どもたちの頑張りを認め、無理をさせず、時々は休ませたい。

自分のペースで好きなことを好きなだけする時間を持ってほしい。

 

こんな親はだめなのかもしれませんが、今はもう少しこの状況で、様子を見ていきたいと思います。

先日のお休みには、一緒にベーグルやはちみつ漬けを作りました。

 

我が家に泊まりで遊びに来たら。

お泊まり会は楽しい

観光地に地方移住したことで、お友達が来てくれた時、夫と私はツアーコンダクターのようになっています。

一泊か二泊してもらって、ゆっくり楽しんでもらっています。

今回は、うちに遊びに来てくれたらこんな感じです、というのをホテルのHPをイメージしてまとめてみました。

 

新幹線の駅までお迎え

車で来ても良いし、新幹線で来てもOK。

謎に10人乗りの車があるので一家族乗せられます。(田舎ハイエース率高いあるある)

 

季節のアクティビティ

冬はスキースノボに、雪遊び。夏はカヌーやSUP、ラフティング。

フルーツ狩りも色々楽しめます。

おすすめはいちご、さくらんぼ、ぶどうの季節!

 

ランチ

美味しいお店に連れていきます。

地元の野菜を使った里山の身体に優しいお料理や、おそば。

↑お友達が作ってくれた画像お借りしました。おばんざい定食。

小麦から手作りのパンプレート!自家製野菜たっぷり。

 

ディナー

カフェレストランのコース料理。田舎ならではの信じられないコストパフォーマンス!

ゲストルーム

今は、将来仕切って子供部屋にする予定の大部屋に家族みんな川の字で寝ているので、主寝室が空いています。

そこをゲストの方に使ってもらいます。

リビングにはソファベッドがあるので、二家族泊まってもらったことも。

最近布団セットを購入。

この写真手前のスペースにお布団を敷いて、転落が怖い赤ちゃん連れ家族にも対応できるようにしました。

 

お風呂

近くの温泉に連れて行きます。自然の中の温泉でリラックス!

2~3家族、一気にお風呂に入れる。

お泊まり会最大の困りポイント、「全員が順番に入浴すると時間がかかる」をクリア。

↑温泉の一例。

 

夜お茶&お酒タイム

夜はダイニングでカードゲームやボードゲームをしたり、買ってきたお酒やお茶やおつまみを楽しむ時間。

価値観に触れるような深い話も!お泊まり会ならではのお楽しみ。

 

地方移住で行き来がより楽しみに

これまで友人家族の近くに住んでいた時よりも、地方移住してからはお互いに旅行感覚で会えるようになり、アクティビティを一緒に楽しめるようになりました。

遠いからこそ、泊まりで遊ぼうということになるので、夜中まで色んな話ができるのも素敵。

子どもたちも、外で、家で、思い切り遊べるので夜はぐっすりです。

お泊まり会も、移住生活ならではの良さだと思い、書いてみました。

 

「身の丈」美容でお気楽に

お金も強迫観念もほどほどに

きれいでいなくちゃいけない、美しくならなければいけない、向上心がなくちゃいけない、垢抜けないのは恥ずかしい…

世間からこんなメッセージが聞こえてきませんか。

 

美容に対して前向きに楽しめている方は良いのですが、私は時々追い詰められるような感覚になることがあります。

 

人と比べて、自分は可愛くないとか、汚いだとか感じて悩んだり。

そうすると、お化粧品にお金をかけたい、かけなきゃいけないような気がして、特に若い頃はかなりたくさんのお金を使っていました。

買った瞬間や、使い始めの頃は高揚感があるけれど、まだまだ足りないと、もっともっと欲しくなる。

そして次はお金が全然足りない!という不安や焦燥感に駆られていきました。

 

こんな精神状態では、きれいになれるはずもありません。

また振り出しに戻ります…。

 

外から目標を受け取らない

そんな負のループにほとほと疲れてしまった私は、外からの情報(広告)と一度距離を取り、自分が本当はどうしたいか、どうありたいか、ゆっくり考えてみることにしました。

 

冷静に考えてみれば、当たり前だけど私は女優さんでもモデルさんでもなんでもない

太陽の下で子どもを追いかけ回し、夜泣きに対応し、お風呂では自分のケアだけでなく子どもたちのケアもしているのだ。

シミがいくつかあったって、時々カサついてたって、誰も責めないよ。

これまで顔をくしゃくしゃにして、笑ったり泣いたり怒ったりしてきたんだから、シワがあったって全然不思議じゃない。むしろ自然なこと。

 

きれいになれたら嬉しいし、美しいに越したことはないけれど、そのために焦ったり不安になったりしかめっ面になったら元も子もない。

 

つっぱらならずに自由に表情が作れたら。

時々撫でてみて、すべすべして気持ち良ければ。

気持ちが明るくなる、好きなメイクができれば。

それでいいんじゃないかな?

 

広告メッセージは、誰が、誰のために立てた目標なのか。

少なくとも、自分ではない。

 

私だけの「身の丈」美容

というわけで、美容アイテムには、負担にならない程度の工程・数・金額におさめています。

効果にも過度に期待せず、肌を守ってくれる感覚があれば安心できます。

簡単で、気持ちよくて、管理も楽で、維持もできる。

そんなお気楽な、身の丈に合った美容に落ち着きました。

「美しくならなければ」という強迫観念と離れたことで、リラックスして穏やかに暮らせるようになりました。

目標を下げ、実現可能なレベルに変えたことで、自己嫌悪になることも今はほとんどありません。

かえって美容を義務感からではなく、主体的に楽しめるようになりました。

そのせいか結果的に、肌の状態も安定するようになりましたし、表情も明るくなったと思います。

 

自分の良さを活かす

お金を必要以上にかけないためには、元々の良さを受け入れ、活かす方向で考えることが大事になります。

 

例えば私の場合、パーソナルカラー診断では「Winter」なので、黒髪が似合うということになっています。

よって素髪です。ヘアカラーにお金がかからないというのはラッキーな事です。

しかも傷まないので低価格のシャンプーで充分です。

その代わり、意識してこまめに美容院に通って「形」はきちんと整えるようにしています。

眉毛、まつげも同様に、こまめに整えたりまつげパーマを自分でしています。

そうすると、薄いメイクでも顔がはっきりしてくれます。

 

シミ・そばかすもしっかりありますが、一生懸命消そうとはしていません。

太陽と遊んだ思い出、チャームポイントと開き直って、隠すよりもツヤを大事にファンデーションも軽くつけています。

 

リップやチークは、あれこれ浮気せず、似合う色を厳選して使います。

 

自分の良さを活かしてメリハリをつけると、自然と似合うメイクがお金をかけずにでき、自分らしさも表現できて、嬉しくなります。

 

気を楽に、自分に優しく

おしゃれや美容が心から楽しく、積極的に流行を追うのがライフワークとなっている方であれば問題はありません。

でも、少し疲れているなぁと感じるならば、自分に優しい美容を追い求めても良いと思います。

無理をせず、心はいつも軽やか&穏やかでいたいものです。

日用品の買い物ついでにスーパーで買うお花も、私には美容アイテム!

優雅な気分になれます。

世間の「本物」、私にとっての「本物」

『イイもの依存』という言葉の衝撃

先日、「イイもの依存」という言葉を初めて聞きました。

この言葉にギクッとした方は、ぜひ岩切さんのお話をご覧になってください。

 

youtu.be

 

痛いほど思い当たる私です…。

 

私が稼いでいた?頃

私は銀座で、高級な商品を取り扱う店で働いていました。

「王室・皇室御用達」だとか、人間国宝の方の作品、など…

そういった物たちの素晴らしさを伝えるお仕事だったのです。

 

プライベートでは、デパートでお洋服やお化粧品を購入していました。

稼いでいたと言っても、わずかな金額です。

お給料のほとんどが、あっという間になくなっていました。

 

今考えると、とても恐ろしいです。

専業主婦になってからは、夫に金銭感覚を叩き直してもらいました。

今では「プチプラ」と呼ばれる商品を愛用して暮らしています。

 

そんな私だから言えることがあります。自戒を込めて。

 

本物って何だろう

「良いもの」「本物」と言われるモノは、確かにそう言われるだけの理由があります。

でも、そういったモノには「相応しい人」というのがセットになります。

 

モノと人との関係は、釣り合いが取れていなければ美しくありません。

不釣り合いなモノと人の関係は、誰から見ても不協和音が聞こえてくるようです。

 

モノが、その人の収入や生活スタイルにぴったりと寄り添えたときこそ、それを扱う仕草が、しっくりと身に着けた姿が、とても魅力的に映るのです。

 

そうしたモノと人とが釣り合って調和してる状態のことこそ、「本物」と呼ぶにふさわしいのではないでしょうか。

 

世間にとって「良いもの」、自分にとって「良いもの」は違う

例えば銀製のカトラリー。

ステンレスよりも銀の方が柔らかい素材なので、口当たりが優しく、お料理が美味しく感じられると言います。

銀のカトラリーこそ「本物」で、ステンレスなんて、「偽物」。

 

でもこれを我が家のような家庭が導入したらどうでしょうか。

1本2~3万円(今はもっとするかも)くらいしますので、これを家族とお客様分購入してしまえば、まずは家計を圧迫します。

がちゃがちゃ使いますので、たぶんすぐに傷だらけになるでしょう。

また、こまめに磨いてくれるお手伝いさんがいるわけではありません。

子育ての合間に磨く時間をとるのはなかなか厳しいものがあります。

お手入れをサボっているうちに、すぐに変色し黒ずんでしまうでしょう。

 

器もそう。

食洗機で洗えない漆、割れやすい繊細な形・素材のもの、電子レンジでは使えない金箔をほどこしたものなどは、我が家では扱えません。

背伸びして手に入れたとしても、使うたびに緊張してしまって、疲れてしまうでしょう。

 

それよりも、IKEAニトリで購入した食器をワイワイガヤガヤと賑やかに使い、食洗機に放り込んで素早く片付け、家族団らんしていた方が、私達には似合うのです。

気兼ねなく、快適に、自分たちらしく過ごせます。

 

現役で働いていた頃少しずつ集めていた高級な食器は、自分には不相応だと思い、全て大事に使ってもらえる方に売ったり譲ったりしてしまいました。

 

自然体で使えるものを選びたい

世間で言う「良いもの」にこだわり、無理して手に入れたものでぎこちなく暮らすよりも、今の自分にしっくりと馴染むようなものを選び、余裕を持って暮らす方が素敵であるような気がします。

 

例えば先日、酒器セットを購入しようと、色々見てみました。

それこそ切子や焼物など本当に美しいものがたくさんありました。

でも結局選んだものはこちら。

item.rakuten.co.jp

耐熱ガラスで、食洗機も電子レンジもOK。全て重ねてコンパクトにしまえます。

安心して日常的に使いたかったので、洗いやすい形、分厚くて丈夫な作りも気に入りました。

まさに今の自分の状況にぴったりのモノ。

見つけたときは嬉しくなりました。

 

私にとっては、たとえ100円ショップで購入したものであっても、吟味した上で選び、自分が気に入っていて楽しく使えるモノであれば、それは「本物」です。

今の自分に似合うものを、愛着を持って大切に使っていきたいと思います。

情緒が安定したお母さんにはなれなくて

「常に笑顔でごきげんなお母さん」像

「子どもにとっていちばん大事なのは、お母さんの笑顔」だそうです。

はい。ほんと。おっしゃるとおりだと思います。

お母さんが安定していれば、自然と子も安定する。

世の中だけでなく、自分の過去と現在を見てみても、思い当たることばかりです。

 

しかも、それが世のお母さんに向けた「優しさの言葉」であることもわかっています。

無理して頑張らなくていいよ、自分の好きなことや楽しいことしていいよ、というメッセージが汲み取れます。

 

でも……私は、その言葉を聞くとつらいのです。

その理想の母親像が、私には遠すぎて。

 

逆に笑えなくなる

天邪鬼な私は、「いつも笑顔で」なんて言われたら、それがプレッシャーになって逆に笑えなくなってしまうのです。

お母さんがいつも笑顔でいる効能については、あまりにも有名です。

逆に、お母さんが不機嫌で怒っていると、「毒親」と言われてしまいかねません。

 

いつも機嫌よく、情緒を安定させて、笑顔でいなくちゃ。

いつも穏やかに、愛情を持って、子どもたちと接しなきゃ。

 

そう思えば思うほど、素の自分から遠ざかって、苦しくなります。

「いつも笑顔のお母さん」の役を続けることは、私には荷が重すぎます。

 

妊娠や出産、産後の育児や身体の変化で、ただでさえ制限されるのに、感情まで拘束されてしまうの?

無理しなくてもいいよって言うけど、無理しないといけないことばかりだよ?子育てって。

 

人間なんだから自然体で良し

イライラしたり悲しいとき、その感情を「悪いもの」と決め込むと、それを感じた自分を責めたり、そんな自分に呆れたり、イライラしたりして、余計にこじらせてしまいます。

 

「私はこれが悲しい」「これにイライラしてしまう」って素直に表現して、受け入れててしまっても良いのではないでしょうか。

ちゃんと涙を流してしまった方が、すっと心が落ち着いたりするんです。

 

私は、「人間なんだから自然体で良し」「泣いたり笑ったり怒ったりがふつう」と開き直ったほうがなんだか上手くいきます。

 

母親は「いつも機嫌よく笑っていなければいけない」なんて…崇高すぎる目標じゃないですか?

母親は「泣いたり笑ったり怒ったりしてもいい。でも泣いたあとはまた笑ってね。」くらいにしてくださいな。

 

いつもいつもは笑えません。素直に怒ろう、悲しもう。

後悔しない程度に、「自分のために」調整しながら。

 

素直に苦しい気持ちを解消できたら

それができたら、気晴らし・憂さばらしのためにお金や時間を使わなくても良くなります。

お金や時間は、できたらもっと純粋にほしいものに使いたいと思います。

 

いや、「お母さんがいつも機嫌が良いのが家族のためになる」というのは、母親が自分のためにお金を使う「言い訳」として使われてるようなんです。

言い訳しないと許されないなんて…。

厳しい世の中。

 

まだまだ日本のお母さん、結局、健気で謙虚だな、と思います。

私はそうではありません。

 

感情も自由でいさせて!

お金も気兼ねなく使わせて!

 

心の叫びを書いておきました。

習慣を作る、増やしてく。ADHD息子の歩み。

勉強が習慣になるまで。

 

衝動の連続の暮らしの中で

触っちゃダメ!

走っちゃダメ!

と言ったすぐあとで「わかったー!」と言いながら触り出す、走り出す。

水たまりや噴水があれば飛び込み、泥の中に手足を突っ込む。

何か落ちていれば拾って口で確かめ、母親を振り返ることなくどんどん心の赴くままに進み続ける。

着替えを3着リュックに詰めて追いかけ回した長男の幼少期。

基本的には単独行動で、何にもない野原なんかに散歩しに行っていました。

目的や交流を果たそうと思うと大変だから。

彼に行く先は委ね、這いつくばってアリが見たければ何分でも。

ただ歩きたいならどこまでも。

最終的な時間になるまで自由散歩させるのが定番でした。

これが親子にとって一番快適で、楽しかったから。

 

「よっぽど自由に過ごしてきたみたいで…」

2歳頃通い始めたプリスクールの先生に言われた言葉です。

確かにこれから集団生活を余儀なくされるし、お勉強もしていく年頃になる。

自由に散歩するだけではいられなくなるよな、と覚悟しました。

今後色々身につけていくために、少しずつ、ルールを設けていくことに。

 

習慣を作る

毎日やらないと逆に気持ち悪いものってありますよね。

例えば歯磨きとかお風呂に入るとか、面倒くさいなって思うけれど、しないとやっぱり気分が悪い。

やらなきゃいけないものは、習慣にしてしまえれば、楽にやれるはずです。

ADHDの子育てで、衝動的に何かしてしまうとしても、「毎日何かに取り組む」癖をつけておけば、内容がその都度変わったとしても、彼にとってもプラスになるだろうと考えました。

 

まず始めたのは、「片付け」です。

彼はアニメを見るのが大好きだったので、毎日それを楽しみにしていました。

そこで、その前には必ずおもちゃを片付けてもらうことにしました。

きれいになった部屋で好きなアニメをくつろいで見るとはとっても気持ちが良いこと。

嫌がられる時もありましたが、徹底しました。

 

彼の気分が上がる音楽をかけたり、タイマーをセットしてみたり。

効果があるのはその日その日で違ったので、コレ!とおすすめできないのですが、のんきに私も歌いながら最初少し手伝うというのが良かった気がします。

 

毎日やりたい大好きなことをする前に、面倒なことを片付けてしまう。

そうすると気持ちよく好きなことに打ち込める。

この快感を覚えてもらいました。

 

ちょっとづつ習慣を付け足していく

幼稚園に入るまでに、映画の前の片付けが習慣化すると、次は習慣を付け足していきました。

【大好きな映画の前に、片付けにプラスしてやること】

年少で+Z会

年中で+Z会+英語(ロゼッタストーン

年長で+Z会+英語(ロゼッタストーン)+100マス計算

というふうに、徐々に増やしていきました。

 

ロゼッタストーンというプログラムは私が元々やろうと思って購入したもののお下がりです。

rosettastone.co.jp

文法などは難しいので、リスニングとスピーキングの問題だけを3~5つだけ毎日しています。

100マス計算は、お父さんの手作りです。

 

最近は、そこに読書何ページ、運動家の周り10周など、またまた追加しました。

より充実した一日になるように、家族みんなで考えてのことです。

 

どんなときも、毎日

海外・国内旅行中も、キャンプ中も、帰省中も、毎日かかさず行います。

させている勉強の内容がベストかどうかは、正直わかりませんが、とにかく毎日勉強や練習をする「枠」を、違和感なく生活に組み込むことには成功したと思います。

息子たちも、今ではやらないと気持ち悪いみたいです。

風邪引いて学校を休んでいる日にもしようとするので、止めるくらいです。

 

時間ではなく、量で管理

一日何時間する、などと決めているわけではありません。

Z会をその日の分、英語3~5問、100マス計算一枚、という量で決めています。

なので、20分で終わる日もあれば、気づけば1時間半勉強していたということもあります。

その方が、ただ時が過ぎるのを待つだけになること無く、濃い時間を過ごせるのではないかと思っています。

 

大人もそう。ご褒美は必要。

息子たちはまさに、その後の映画やゲームのために頑張っています。

そうすると、やっつけ仕事になってしまって、発展的な学習に繋がらないというご意見ももっともだと思います。

だとしても、たとえやっつけ仕事でも、何もしないよりはずっとマシです。

 

しかも、彼らがタスクをこなして頑張った後なら、親は喜んでゲームでも漫画でも映画でも、とことん応援したくなります。

「ゲームばっかりして!」って喧嘩にならずに済むのです。

 

大人も、頑張ったあとのお風呂上がりのビールは格別ですよね?

そのためにもうちょっとがんばろう!と思えることは、くだらないことなんかじゃない。

私はとっても大事なことだと思います。

 

とりかかるハードルはとにかく低く

他に親ができることは、ほんのわずかで簡単なことです。

  • 勉強机の足元は温めておく
  • 勉強道具はやりっぱなしでもOKにする
  • タイマーを買う

くらいでしょうか。

取り掛かるハードルを低くするためのことです。

 

寒かったら絶対勉強部屋に行きたくなくなるはずです。

なので朝、快適な空調になるようにエアコンをタイマーでセットしています。

テキストは開きっぱなしで、えんぴつや消しゴムもそばに置いておけば、そこに座るだけで始められます。

机の近くにはAlexaが置いてあります。

思い立ったらすぐにタイマーをかけられるようになっています。

 

止め方、続け方

ちなみに、映画やゲームの時間は平日1時間、休日2時間までと決めていますが、よく守ってくれています。

親は声掛けしません。

Alexaを使い、息子たちが自分で時間を設定してるから、時間が来た時は納得の上止められるようです。

 

ここまで我が家の例を書いてきました。たまたまこれまで上手く行っただけで、明日にはこの習慣も崩れてしまうかもしれません。

先のことはわかりませんが、今日できることをできるだけやるしかありません。

習慣をよりよく改善し、行き過ぎがあれば調整しながら、日々を過ごしていきたいと思います。

コーヒーを淹れたら、味わうのを忘れない。

目的は何でしたっけ…というお話。

コーヒーは淹れるまでが楽しいから

コーヒーはお好きですか?

私の夫は、コーヒーが大好きなんです。一日に1リットル飲むほど。

なのにずっと、インスタントコーヒーで安く済ませてきました。

すごくコストパフォーマンスに厳しい(自称ドケチ)んです。

 

そんな夫も最近やっと、37歳にして、もっと美味しいコーヒーを試してみようという気になったようで、ちょっとお高めのコーヒー豆と、豆を引く機械などのグッズを取り揃えました。

そしてついに、コーヒーを「丁寧に淹れる」ってことをしたんです。

そしたら…え?

…いなくなった……!

???

 

味わい忘れ

飲まずにどこかに消えてしまったのです。

たぶん、淹れてる間に違う用事を思い出したのでしょう。

多動な夫らしいというかなんというか。

 

でも、こういうことって、夫だけでなく色んな人にも当てはまるのではないかと思ったのです。

例えば、勉強。

試験を受けて合格する・資格を取るだけでなく、趣味でもそうです。

何かを始めるにあたり、勉強して準備する人がたくさんいると思います。

「自分磨き」という言葉が流行った時期もありました。

 

そうすると、頑張っている自分、ひたむきに努力する自分を誇らしく思い、自信を持つことができますよね。

それはよく分かります。

 

でも、ちゃんとその後を楽しめているかをしっかり確認したいところです。

準備だけ、資格だけ、自分磨きだけで満足していないか。

元々は、「その先」に自分の目的があったはずです。

準備や資格や自分を磨くことそのものが目的だったわけではありません。

 

夫のように、道具や豆を準備して、コーヒーを淹れる過程を楽しんだとしても、それで終わってはもったいないです。

淹れたコーヒーを、しっかり味わうことが一番大事なことです。

 

家も、住み始めてからが始まり。

私にも、当てはまる部分があります。

夢中でしてきた「家づくり」がそうです。

家を作る過程は、本当に楽しかった!

眠れなくなるほど過集中してあれこれ考え、ワクワクしました。

いざ、家が出来上がると、今度は庭づくりに夢中に。

次は家具を揃えるのを楽しんで…

いつも何かを準備し、作っていた気がします。

 

もっと遡れば、大学だってそうです。

私は好きな勉強しかしてこなかったので、学ぶこと自体が楽しかったことは確かです。

でも、それを活かせたでしょうか?

その知識をベースに、人生を楽しめているでしょうか?

そう問われた時に、まだまだ「はい!」と答えられない自分がいる気がします。

 

出来上がった家で幸せに暮らすこと、学んだことを活かして生活や人生全体を豊かにすることを、もっともっと意識して過ごしていかないと。

今までのことは「準備」だったのだから。

そう37歳の今、今更ながら思うのでした。

 

準備せず飛び込む方法もある

何か始める時に、準備に気合を入れるのはもちろん大切なことです。

でも、いきなり飛び込む方法もあります。

ある程度始めたあとで、本当にする必要のある準備、装備、資格などを見極め、必要ならそれを手に入れていく、というやり方です。

意外とその方が無駄がなかったりするのです。

 

例えば夫は、自動車会社から農業ビジネスに飛び込みました。

その後しばらく経ってから、必要な資格を取っています。

それと並行してずっと、IT、システム関係の仕事を請け負っていますが、その分野に関わる資格が様々あるにも関わらず、資格は未だに持っていません。

資格よりも、経験がものを言うということが働いてみるとわかり、資格の勉強をする代わりに実践を積んでいます。

もし必要になれば、実践を積んで知識はついているので、スムーズに資格を取ることもできるでしょう。

 

しっかり味わうこと、とにかくやってみること

アラフォーになって思うこと。

これまで準備してきて手に入った状況をしっかり楽しみ味わうこと、時には準備にばかりとらわれず、思い切り飛び込んでとにかくやってみることが大事かなと。

当たり前のことですが忘れていたので、そんなことに気をつけながら暮らしていきたいです。