- 最近、誰かに「傾聴」してもらったことはありますか?
- 聴くための本を読んで聞こえてきた、私自身の「叫び」
- 「お金を払わないと聴いてもらえない」という罪悪感と孤独
- ひとりで頑張るケアの限界。私が求めていたのは「人の温度」だった
- 2時間半の沈黙と傾聴が、堂々巡りのモヤモヤを晴らした
- 日々ケアする側の人にこそ、「聴いてもらう体験」を
- うまく話せなくても、沈黙になっても大丈夫
- 今日からできる小さなケア:まずは「休む」を予約しよう
最近、誰かに「傾聴」してもらったことはありますか?
あなたの言葉を遮らず、否定も評価もせず、ただ静かに存在を丸ごと受け止めてもらう。そんな体験を、最近したでしょうか。
最近、『You're Not Listening(邦題:LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる)』という本を、計9時間半かけてゆっくりと読みました。
著者が世界中の人々に「誰があなたの話を聴いてくれますか?」と尋ねたところ、ほとんどの人が気まずい沈黙に陥り、答えることができなかったそうです。
現代人がいかに「他者の話を本当に聴くこと」を失っているか、そしてそれがどれほど私たちの孤独を深めているかが書かれた本です。
聴くための本を読んで聞こえてきた、私自身の「叫び」
私はこれまで、お客様の思考の整理に伴走するため、質問術や聴くための本をたくさん読んで勉強してきました。
この本を読み進めながら、「聴くことの大事さはわかっている。過去の自分の聴き方も反省した。もっともっとちゃんと聴くんだ!」と自分に言い聞かせていました。
しかし、その時です。私の心の底から、思いもよらない大声が聞こえてきました。
「私の話を、誰か聴いて!!!」
それは、私自身の悲鳴でした。
3人の子どもたち、おしゃべりな夫と過ごす忙しない毎日。
私はたいてい「聞き役」に回り、そうでなければならないと強く自分に言い聞かせてきました。お客様に対しても同様です。
「話を聴く」本を読んでおきながら、私の中で起きたのは「私、誰にも話を聴いてもらってない。私だって、話を聴いてほしい」という強烈な気づきだったのです。
「お金を払わないと聴いてもらえない」という罪悪感と孤独
仕事をはじめて2年目。個人事業主として突っ走る中で、孤独を感じることもありました。
本の中には、現代の多くの人が「身近な友人に自分の悩みを聴いてもらうのは負担をかけてしまう」と罪悪感を抱き、お金を払って専門家に話を聴いてもらっている現状が書かれています。
私も同じでした。「お金を払わないと、私なんかの話を聴いてもらうに値しない」と感じ、ADHDの特性で話しすぎて失敗する不安もあって、ずっと自分の本音を言葉にすることを我慢してきました。
ひとりで頑張るケアの限界。私が求めていたのは「人の温度」だった
だからこそ、私は自分で自分をケアしようと頑張ってきました。
頭の中の声をノートに書き出す「ジャーナリング」も続けてきました。
確かに冷静になれるし、メンタルも安定します。
でも、今回のように仕事のやり方で猛烈に悩みが深まると、一人でノートに向かっているうちに「こんな悩み、人に聞いてもらえるほどのことでもない」「こんな小さなことで悩む自分なんて」と、自分の悩みを矮小化して責める声が大きくなってしまうことがありました。
本の中にも、人がストレスを感じると自分を小さく感じさせる厳しい内なる声(著者の友人はその声を『スパンキー』と呼んでいました)が現れると書かれています。
苦しくてジャーナリングのルーティンもできなくなり、そんな自分に余計に落ち込む……という悪循環。
一人で自分をケアすることの限界を感じていました。

相手の不快感を気にせずに全部を受け止めてもらうために、「AI」を使ったセルフケア(壁打ち)も試していました。
いつでも、どんな弱音でも否定せずに聞いてくれるAIの存在は、確かにありがたいものでした。
でも、続けているうちに、だんだんと「さみしさ」が募ってきたのです。
画面越しの文字だけでは、五感に訴えてこない。
一緒に感情をシェアできている体感がない。
正論や完璧な相槌が欲しいわけじゃない。
私は、人が生み出す「温度」を感じたかったのだと気づきました。
本の中でも、AIに話を聴いてもらうことはできても、彼らは感情を持った反応をしないため、究極的には不満が残ると指摘されています。
本当に聴くこととは、他者の物語によって物理的、感情的に動かされることなのです。

2時間半の沈黙と傾聴が、堂々巡りのモヤモヤを晴らした
限界を感じた私は、勇気を出して、しばらく会っていなかった友人をランチに誘い、「聴いて!」と正直にお願いして、アレコレを聴いてもらいました。
仕事でも家族でもない第三の居場所で、友人は「ゆかちん、頑張ってるよ!すごいよ!」と笑ってくれました。
SNSで一喜一憂していた私にとって、身近な人からの温かい「リアルのいいね」が、どれほど心に染みたか知れません。

さらにその後、仕事の悩みをSNSでこぼしてしまった私に、先輩が「よかったら壁打ち相手になるよ」と声をかけてくれました。
「お金を払わないと話を聴いてもらえない」と思い込んでいた私にとって、泣くほど嬉しいことでした。
その先輩は、まさに傾聴のプロでした。 気づけば、私は2時間半も喋り続けていたのです。
先輩はじっと聴いてくれました。
間が空いても、私が再び話し出すのを待ってくれました。
相手から自分がどう見えるか、どう評価されるかという自意識をすっかり忘れ、否定も評価もされない安全な空間で思い切り話すことができました。
話し尽くすことで、堂々巡りのモヤモヤが晴れていくのを感じました。
何が問題だったのか? どこでつかえていたのか? 本当は何がしたいのか? 何を思い込んでいたのか? 悩みを増長させていたことはなんだったのか?
自分の中から、次々と答えがわかっていったのです。
「あぁ、これが『傾聴してもらう』ということなのか」
否定も評価もされず、ただ存在を丸ごと受け取ってもらえる感動。
やっぱり、これがないと人は生きていけない。生涯忘れないほどの感動でした。

日々ケアする側の人にこそ、「聴いてもらう体験」を
そして同時に、一つの危惧が急に湧き上がってきました。
もしかして、私と同じように、聴いてもらうことをずっと我慢し続けている人が、大勢いるのではないか、と。
「片付けられない自分はダメだ」と一人で自分を責め、フリーズしてしまっている方。 日々、ご家族のケアに奔走しているお母さんたち。
そんな「ケアする側」の人たちにこそ、提案したいのです。
家族と話す時間を作ってみる。友人にリアルで会いに行く。
たまに人に話を聴いてもらったり、人の世界を聴かせてもらう「リアルな交流」はやっぱり必要不可欠です。
あなたの話を、聴いてもらいましょう。そして、あなた自身の心の声を聴きましょう。
どうか、あなたは一人ではないし、かけがえのない存在なのだと知ってほしいのです。

うまく話せなくても、沈黙になっても大丈夫
私自身が「傾聴してもらう感動」を知ったからこそ、私も人の話を聴きたい。
そう強く思っています。
ゆかたづけでは、最初の一歩として「30分の初期相談(無料)」をご用意しています。
もちろん、30分という短い時間で、長年抱えてきたモヤモヤや家の問題をすべて解決し、仕組みを完成させることはできません。
でも、「どうして片付けられないの?」と原因を追及することは絶対にありません。
否定も評価もしない安心感の中で、あなたの「声」を受け止めます。
「自分のモヤモヤをうまく説明できるだろうか」と不安に思う必要はありません。
本の中でも、沈黙を恐れず、相手が考えをまとめる時間と空間を与えることで、より多くのものを得られると語られています。
話がまとまっていなくても構いませんし、途中で沈黙してしまっても大丈夫です。
あなたがご自身の言葉を見つけるまで、私はゆっくりお待ちします。
今日からできる小さなケア:まずは「休む」を予約しよう

自分の声を優しく聴くための第一歩として、今日からできる小さなことを一つご提案させてください。
精神論で「頑張らなきゃ」と自分を追い詰める前に、まずは、5分でも10分でもいいので、ご自身がホッと深呼吸して『休むための時間』をスケジュールに予約することから始めてみませんか?
「休むこと」も立派な予定です。
ご自身の声にそっと耳を傾け、人を壊さない速度で、少しずつ日常に「余白」を作っていきましょう。
よかったら私にもお声がけください。
まずは30分。あなたのお話を聴かせてくれませんか?