家は味方

ADHD親子の、片付けられる家。

私がミニマリズムを「ちょこっとはみ出た」理由。35歳のぞうちゃん、あるいは我が家の「濃いラメピンク」の選択

カプセルの恐怖と、社会に溶け込んだ「静かな規範」

かつて香港で、1960〜70年代の建築思想である『カプセル・メタボリズム(新陳代謝)』の展示を見たとき、私は本能的な恐怖を覚えたという話をしました。

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「あんな家じゃ、私、死んじゃう」

四角く区切られたモノトーンの無機質な空間。

目的にないものは一切排除された部屋。

それは美的な思想というよりも、高度経済成長という名の戦場へ向かう企業戦士たちを24時間効率よく管理するための「使い捨ての格納庫」でした。

人間の凸凹や不完全さ(バグ)を、綺麗にサニタイズ(消毒)して閉じ込めるための檻のよう。

私の中に宿るAuDHDのセンサーが、強烈なアラートを鳴らした瞬間でした。

これは極端なミニマリストの形にも見えましたが…

 

現代の「ミニマリスト」という生き方は、本来最高に格好いい哲学を持っています。

1960年代のアメリカのアート(引き算の美学)に起源を持ち、リーマンショックや東日本大震災を経て、「持たざることで、資本主義の過剰な広告ノイズや災害のリスクから脳と命を守る」という、切実で知的な脱獄戦術(サバイバル)でした。

24時間スロットマシンのように回り続けるマーケティングハックから逃れるために、都会のノイズを離れ、みなかみ町の水のそばへ移住した私にとっても、その思想は深く共感でき、尊敬できるものです。

 

しかし、かつては尖ったサバイバル戦術だったミニマリズムは、ブームが去った今、少し歪んだ形で社会のインフラになってしまいました。

無印良品やダイソーのシンプルなケースに美しく収まる「すっきりした暮らし」が、いつの間にか「正しい普通の暮らし」という定番の正解として定着してしまったのです。

流行っていないからこそ、タチが悪い。

空気のように社会に溶け込んだ「ミニマル至上主義という静かな規範」は、図らずも、凸凹した脳を抱えて片付けに悩む人たちに対して、「自己管理ができない、だらしない人間」という自己責任の濡れ衣を、静かに着せ続ける呪いになってしまいました。

凸凹当事者たちがSNSなどで感じる「上から目線」の正体は、特定の誰かへの怒りではなく、この社会のOSに組み込まれた見えないプレッシャーへの叫びなのだと思います。

 

私がミニマリズムを「ちょこっとはみ出た」理由──腹わたの出た、35歳のぞうちゃん

実は私も、かつて生きづらさの生存戦略としてミニマリストを目指した人間です。

物の管理が下手で、究極のめんどくさがり。物が多いとすぐに混乱してしまいます。

毎日着る服のコーディネートを朝から考えるのが脳のコストとして高すぎるため、下は「Aラインスカート(短足&デカ尻を隠すための最強アイテム)」、上はバランスを取るためのピタッとしたトップス、ボトムスは黒、と型をカチッと決めたら本当に楽になりました。

その勢いで、部屋のモノもかなり捨て去りました。

引っ越しが多かったのもあるのですが。

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けれど、すべてを削ぎ落としたモノトーンの空間は、無機質な緊張感があって、どこか寂しかったのです。

ASDの特性として視覚ノイズは減らしたいけれど、サニタイズされすぎた空間では呼吸ができない…。

そう気づいた私は、引き算をやめて、布や木の質感、自然の緑やお花、精度を保つためのモノトーンの中に、予測不可能な生命である「犬」を部屋に招き入れました。

これは娘が「かわいいの見つけたの!」と摘んできてくれたお花。貧乏草なんて言わないで。

極めつけは、実家に置いてきた「ぞうのぬいぐるみ」の存在でした。
アトピーやアレルギー、生きづらさで毎日のように泣いていた子供の頃、私の痛みを全部吸い込んでくれた、文字通り腹わたが飛び出して色褪せた、35歳のボロボロのぞうちゃん。

ミニマリストを目指していた頃の私は、実家を処分する完璧主義の母に「それも捨てておいて」と言ったはずでした。

記憶すら曖昧になるほど、ノイズとして処理しようとしていた。

なのに、実家のすべての荷物を片付け、物件を売り切った母は、そのボロボロのぞうちゃんだけを、いまだに大切に持っていたのです。

「え?なんで持ってるの!」と驚く私に、母は言いました。

「この子は、私とお棺に入るから」

その時。わかった気がしたのです。

母にとってもそのぞうちゃんは、かつてぐちゃぐちゃだった娘をともに愛し、生き抜いた「戦友」だったのだと。

部屋を綺麗にするために私が捨てようとしていたのは、自分の痛みの歴史であり、生き抜いてきた尊厳そのものでした。

私には、捨てる必要のないものがあったのです。

私はミニマリズムの型から、自分仕様に「少しずらして、ちょこっとはみ出してみる」ことにしました。

 

かつてアトピーの肌を抱え、「自分は一生、女の子らしい服を着てはいけない。赤なんてご法度だ」と自分にかけていた呪いを、衣服の簡単ルール(Aラインの型)は残しつつ、ひらひらしたレースや、鮮やかな「赤」を取り入れることで上書きしたのです。

赤は、生きてる実感をくれる色。

私が「私の生」を自分で選んで生きているという、自己決定感の証拠です。

 

クローゼットの裏動線ハックと、我が家の「濃いラメピンク」

そんな我が家では昨年、子供部屋を一つの大部屋から3人分に仕切るリフォームをしました。

その際、私は彼らに「壁紙も家具もランプも、全部自分で選んでいいよ」と伝えました。

「飽きてもいい。大いに失敗して、違和感を覚えたら、それはまた暮らしの知見になるから」と思って。

かつて私が、親の用意してくれた「上質でシンプルな、飽きのこないダークブラウンと白の部屋(私の特性には完璧に合っていた正解)」に対して、「もっと可愛いのが良かったなぁ、自分で選びたかったなぁ」と、少し寂しく選択権を求めていた原体験があったからです。

 

その結果、我が家の子供部屋は、インテリアのセオリーが見事に爆発したカオスな聖域になりました。

長男: 「ジャングルにしたい」とモスグリーンの壁紙に森柄のランプ、スター・ウォーズのレゴ、六角形の鏡を使った壁面アート。

次男: 濃いブルーの壁紙と家具に、宇宙船を意識して貼った鏡アート。

まだ青いデスクが入る前の写真ですが

長女(3歳): 濃いドピンク(しかもラメ入り)の壁紙に、オリエンタルな花柄の寝具、雲の形の鏡。

これらの個性が個室で100%成立しているのは、家具と飾り以外のものを他の部屋に収納できているからです。

玄関横にロッカールームがあり、洋服はすべて洗濯室のファミリークローゼットで一括管理しています。

おもちゃも基本は1階。

つまり、「生活のための管理」は、すべて裏方で100%処理してあるのです。

だからこそ、個室という表舞台は、生活感に縛られない純粋な「脳内固有世界の実験場」として機能しています。

将来、娘が大きくなったとき、あのまばゆいラメピンクの部屋を思い出して「あの時、お母さんはなぜ止めなかったんだ……」って笑ってくれたら、これほど面白いことはありません。

 

1つの正解から、無数の「〇〇リスト」大博覧会へ

ミニマリズムという偉大な先人のサバイバル戦術をリスペクトしつつも、人間の凸凹はグラデーションです。

引き算で脳を守る「ミニマリスト」が正解の人もいれば、大量のモノで脳をなだめる「ドーパミニスト」が生きるための正解である人もいる。

自分の世界に全振りして街中で踊り出す「ハイパーフォーカリスト」も、人間の歪みや情念をそのまま差し出す「エキセントリキスト」も、みんな等しく、過酷な世界を生き抜くサバイバーです。

 

社会が用意した「たった一つの正解」というデフォルト設定に、自分を無理やりハメ込む必要なんてありません。

定番の型から、ほんの少しずらして、ちょこっとはみ出してみる。

みんながそれぞれの凸凹に合わせて、自分だけの「〇〇リスト」を勝手に名乗って、お互いに「ウケる、お前のそのバグ最高だな」って面白がりながら、存在をそのまま認め合える世界。

 

誰もが自分の真っ白を、自分のジャングルを、あるいは自分の濃いラメピンクを、自分の意思で選び取れる逃げ道(動線)を、私はこれからもこっそり、生活空間にデザインしていきたいと思っています。

狭いなりに、秘密基地のような空間ができました。今度詳しくレポしたい…!