- 親知らず抜歯から始まった「痛みのガマン」
- 【自己否定のループ】「役に立たない自分」を責めてしまう呪い
- 「謙虚なSOS」という名の失敗
- 【マインドの転換】「事実」をそのまま差し出す勇気
- 【心理学的視点】なぜ私たちは、痛みを「翻訳」してしまうのか?
- 世界を優しく動かす「そのままの言葉」
親知らず抜歯から始まった「痛みのガマン」
「親知らずを抜くなんて、みんなやってることだし」
「これくらいの痛みで騒ぐなんて、我慢が足りないのかな」
そんなふうに、自分の「痛み」や「困りごと」を世間のモノサシで測って、小さく小さく見積もってしまうことはありませんか?
2週間前、私は4本目の親知らずを抜きました。結論から言うと、私は「自分の痛みを過小評価し、勝手に翻訳して伝えた」せいで、数週間地獄を見ることになりました。
今日は、痛みをガマンしがちな私たちへの教訓を込めて、この体験を綴ります。
【自己否定のループ】「役に立たない自分」を責めてしまう呪い

抜歯後、痛みは一向に引きませんでした。
ジンジンとした激痛、微熱、痛み止めの副作用でぼんやりする頭。
人に聞けば「スルッと抜けたよ」「あまり覚えてないな」と軽い反応。
その瞬間、私の脳内ではこんな「自分責め」の会議が始まっていました。
「みんなは平気なのに、どうして私だけこんなに痛いの?」
「出産に比べればマシなはずでしょ。情けない」
「家事も育児も夫に任せて昼寝して、私は役立たずのゴミみたいだ」
ADHDなどの特性を抱えて生きていると、つい「普通の人と同じようにできない自分」を責めてしまいがちです。
「動けない自分には価値がない」
傷口のズキズキと同期するように、この自己否定が私を苦しめました。
「謙虚なSOS」という名の失敗
あまりの痛みに耐えかねて歯科医院に電話したとき、私は無意識に自分の痛みを「世間一般で許されそうなレベル」に翻訳して伝えてしまいました。
私: 「親知らずを抜くなんてありきたりなことだし、大げさで恥ずかしいのですが……我慢が足りないのかもしれませんが、心配なので一度見てもらえますか?」
受付: 「予約は1週間後なら空いていますが、どうされますか?」
私はがっかりして電話を切りました。
でも、今思えばこれは当然の結果だったのです。
私が「これは些細な、恥ずかしい問題です」というマニュアルを添えて差し出したから、相手もその通りに扱っただけ。
自分の扱い方は、相手に伝染するのです。
【マインドの転換】「事実」をそのまま差し出す勇気
翌日、やっぱりおかしい、と私は開き直りました。
「変なやつだと思われてもいい。誰がなんと言おうと、私は今、困っているんだ!」
2回目の電話では、余計な謙遜をすべて捨てて、事実だけを淡々と伝えました。
私: 「2週間前に抜歯しましたが、未だに激痛で痛み止めが手放せません。微熱も続いています。急患として今すぐ診てください」
受付: 「わかりました。今すぐ来てください」
結果は、「ドライソケット」(抜歯後の穴が塞がらず、骨が露出して炎症が起きる激痛の状態)。
我慢が足りないわけでも、大げさなわけでもなく、医学的に「今すぐ処置が必要な異常事態」だったのです…。
【心理学的視点】なぜ私たちは、痛みを「翻訳」してしまうのか?
私たちがつい自分を後回しにしてしまう背景には、いくつかの心理的な理由があります。
① 内面化された有能感の欠如
「自分は普通より劣っている」という感覚があると、「人より多く我慢して初めてトントンなんだ」という認知の歪みが生まれます。
これを専門用語で「内面化されたエイブリズム(優生思想)」と呼びます。
② メタメッセージ(扱い方の指示)の罠
「恥ずかしいのですが」「大げさなのですが」という前置きは、言葉の内容以上に「優先順位を下げていいですよ」という指示(メタメッセージ)として相手に届いてしまいます。
③ 感覚の多様性
最新の研究では、ADHDやASDの特性を持つ人は、痛みの感じ方(閾値)が定型発達の人と異なる場合があることが示唆されています。
あなたが「痛い」なら、それは誰が何と言おうと「痛い」のです。
世界を優しく動かす「そのままの言葉」
今回の件で、痛感しました。
「こんなことで……」と自分を笑うのは、もうやめよう。
| 項目 | 最初の電話(自分を後回し) | 2回目の電話(自分を大切に) |
| 心の状態 | 申し訳ない、恥ずかしい | 「私は今、困っている」 |
| 伝え方 | 言い訳で事実を薄める | 事実をそのまま、要望をハッキリ |
| 相手の反応 | 「1週間後なら」 | 「今すぐ来てください」 |
「助けて」と言うことは、相手を困らせることではありません。
実は相手に「あなたを助けてヒーローになるチャンス」をプレゼントすることでもあるのです。

あなたの痛みは、あなたにしかわかりません。だから、翻訳しないで、加工しないで、そのまま差し出してください。
「痛いものは痛い。だから助けてほしい」
あなたが自分の痛みを「大切なこと」として扱ったとき、世界は驚くほど優しく、あなたを助けてくれるはずです。
