家は武器

ADHD親子の、片付けられる家。

なぜ人はモノを集めるのか ― 欲望・喪失・時間をめぐる3つの欲求

※この記事は海外エッセイの内容を引用し、私自身の考察を加えたものです。

なぜ私たちはモノを集め、手放せないのか

アメリカのエッセイ Why do we collect things?(Elsie Morales, 2025)を読んで、「なぜ私たちはモノを集め、手放せないのか」という問いが心に残りました。

ジョセフ・コーネル、ピーター・ブレイク、ウラジーミル・ナボコフ――いずれも20世紀を代表する芸術家たちは、作品づくりと同じくらい「集めること」に情熱を注いでいました。
彼らのコレクションをたどると、モノを集める行為は、単なる趣味ではなく「生きるための表現」であることが見えてきます。

 

欲望・喪失・時間をめぐる3つの欲求

モラレスは、そこに3つの欲求があると言います。
それは「欲望と郷愁」「保存と喪失」「時間への抵抗」。
私たちがモノを取っておく理由は、この3つのどこかに通じているのかもしれません。

 

① 欲望と郷愁 ― 失われた瞬間をもう一度感じたい

これは「感情を守る」ための収集。
旅先で拾った貝殻、誰かにもらった手紙、香りの残るスカーフ…。
それを見ると、当時の光や風、誰かの声がよみがえります。

ジョセフ・コーネルの箱作品には、そうした郷愁が閉じ込められています。
彼は安価なガラス瓶や古い紙片を集め、知らない街の夢のような風景をつくり上げました。
彼にとって集めることは、「行けなかった世界を感じるための祈り」でもあったのかもしれません。

「欲望と郷愁」の収集は、過去に向かう動きです。
それは思い出に触れることで自分の輪郭を確かめる行為。
見える場所に少しだけ残して、時々心をあたためる。
そんな“演出としての保存”が、心を満たしてくれます。

 

② 保存と喪失 ― 消えゆくものを留めておきたい

こちらは「記録を守る」ための収集。
子どもの作品、家族の写真、亡くなった人の手紙――時間とともに消えていくものを、形として留めておきたい。
それは忘却に抗う静かな抵抗です。

ピーター・ブレイクは、戦争によって奪われた幼少期の記憶を埋めるように、
捨てられそうな玩具や模型船を拾い集めました。
誰も見向きもしないものを守り続けることが、彼にとっては“失われた時間”を取り戻す儀式だったのかもしれません。

「保存と喪失」の収集は、現在に向かう動きです。
残すことで安心し、今この瞬間の自分を支える。
整理のときは、アルバムやデータ化など“記録の仕組み”をつくることで満たされます。

 

③ 時間への抵抗 ― 「ここに私はいた」と刻みたい

3つめは「存在を守る」ための収集です。
これは未来への手紙のような行為。

作家のナボコフは、生涯で4千匹以上の蝶を採集しました。
亡命を繰り返しながらも、彼が蝶を集め続けたのは、
どんな境遇にあっても“自分が感じた世界の美しさ”を形に残したかったから。
彼の標本は今も大学の博物館で保存され、彼が生きた証として光を放っています。

「時間への抵抗」の収集は、未来に向かう動き。
自分の経験や思考を「作品」「記録」「軌跡」に変えて残すことで、
“私は確かにここにいた”という静かな証を刻みます。
それは遺すためではなく、生きているあいだに自分を確かめる方法でもあります。

 

取っておく目的がわかると、片づけが優しくなる

大量のモノに囲まれていると、私たちはつい「減らさなきゃ」と焦ってしまいます。
でも、その前に一度だけ立ち止まって、こう問いかけてみてください。

「私は何を守りたくて、これを取っておいたんだろう?」

それが「気持ち」なのか、「記録」なのか、「存在」なのか。
目的がわかれば、“どのくらい残すか”“どう残すか”の答えは自然と出てきます。

片づけとは、モノを減らす作業ではなく、
「自分の時間と想いを、どんな形で生かしていくか」を選び直すこと。

モノの整理は、記憶の整理。
それは、自分という人間の“続き”をどう紡ぐかを考える静かな時間なのだと思います。

片づけに活かす3つの視点

この3つの欲求――「欲望と郷愁」「保存と喪失」「時間への抵抗」――は、
持ち物を見直すときの“羅針盤”にもなります。

もし家にモノがたくさん溜まってしまっているなら、
まずは「減らす」よりも、なぜそれを残したかったのかを感じ取ってみてください。

  • 欲望と郷愁タイプ:心が動く“象徴的なひとつ”を残して飾る。
     → それを見るだけで気持ちが満たされるなら、もう十分。
  • 保存と喪失タイプ:アルバムやデータ化で「見えなくても安心できる形」にまとめる。
     → 思い出を“守る仕組み”ができれば、モノは減っても不安は減らない。
  • 時間への抵抗タイプ:作品集・ノート・記録帳のように「自分の軌跡を残す形」に整える。
     → 整理は、あなた自身の物語を未来に渡すこと。

片づけとは、「何を手放すか」ではなく、
「何を残すと、自分の心が静まるか」を見つけるプロセス。

自分が守ってきたものを理解できると、
その人らしい“満たされた持ち方”が、少しずつ見えてきます。

 

📚 原文:Elsie Morales Why do we collect things?
🪶 日本語まとめと考察:清水優佳(ゆかたづけ)