家は味方

ADHD親子の、片付けられる家。

片づけだけじゃない。あなたの「生きやすさ」に寄り添うサポートを

あなたの「生きやすさ」に寄り添うサポートを

昨今、広く知られるようになったADHDという言葉。
しかし、実は日本ライフオーガナイザー協会(JALO)は、今から14年前、2011年という早い段階から、片づけとADHDの関係性に着目し、支援の重要性を見出していました。

さらに、CD(Chronic Disorganization/慢性的に片づけられない状態)を専門的に研究するアメリカの団体、ICD(Institute for Challenging Disorganization/チャレンジング・ディスオーガニゼーション研究所)と提携。
国内での支援体制づくりにいち早く取り組み、特性に寄り添う片づけ支援を広めてきました。

jalo.jp

 

私自身も、今回初参加された藤山さんも、このCLOプログラムで学びたくてライフオーガナイザー1級を取得し、すぐに飛び込んだメンバーです。

 

勉強会レポート

今回の勉強会では、主に以下の2つについて学びを深めました。

① JALOカレッジ発表:現場で活かすCLOの知識

CLOメンバーによる現場実践の共有。
クライアントの特性を深く理解し、その方に合った方法で支援している様子に、改めて感動しました。

 

② ADDコーチングについて

特に心を打たれたのは、ADD(注意欠如型ADHD)を持つ方への支援アプローチです。
自分自身がADHDである私にとって、まさに「こういうサポートを受けたかった」と思えるものでした。

また、勉強会後も経験豊富な先輩方への質問が止まらず、気づけば日付を超えてしまうほど――
学びに夢中になった、熱く充実した時間となりました。

 

感動したポイント

「強み」と「特性」の両方を理解する

  • クライアントのAD(H)Dの現れ方、影響を科学的に認識。
    偏見なく、脳の機能として捉えます。
  • 「できること」と「できないこと」を見極める。 
    特性そのものを変えようとせず、環境を整えるアプローチ。
    → 「変えられないこと」「変えられること」を整理し、現実的な支援を行います。
  • オーダーメイドの環境づくり感覚モダリティ(視覚・聴覚など)、個々の強みに合わせたカスタマイズ支援が可能。
    → 一般的な片づけ論に縛られず、その方の「生きやすさ」を最優先にします。
  • 行動のカスタマイズと伴走支援ただ整理整頓を促すのではなく、時間管理、タスク管理、ルーティン作成、習慣化までサポートし、行動を「自分で選び取れる力」を育みます。

 

これはまさに、私が今後提供したいと考えている
「生活をととのえる伴走支援サービス」に直結する考え方でもあり、非常に学び多い時間となりました。

(↑はじめは丁寧なヒアリングから。偏見なく受け止めます)

 

こんな方に私たちを知っていただきたい!

  • 発達障害(特にADD、ADHD)、感覚過敏をお持ちの方
  • 一般的な片づけ方法がうまくいかなかった方
  • 自分の特性を理解し、強みを活かした生活を送りたい方
  • オーガナイザーに自分の特性を偏見なく受け止めてほしい方


もしあなたが、「ただ片づけをする」以上に
「もっと自分らしく、暮らしやすくなりたい」と感じているなら――
私たちCLOプログラムメンバーは、たくさんの引き出しと知見をもって、あなたに寄り添います。

感覚にやさしい暮らしノート Vol.5 白い床と黒い床 ― 五感で見つける、わたしの心地よさ

はじめに

白い床と黒い床。
たったそれだけの違いなのに、
私の中にふっと浮かび上がってきた感覚は、とても大きなものでした。

暮らしの中で、何を「安心」と感じるか。
何を「心地よい」と思うか。

正解はひとつじゃない。
そんなふうに思えた、小さな発見の記録です。

 

2階は白、1階は黒。暮らして気づいたこと

4〜5年前に新築した我が家。
2階の洗面所とトイレには「白い床」、1階には「黒い床」を選びました。

暮らしていくうちに、床の色によって感じる心地よさや不安感に違いがあることに気づきました。



白い床がくれた「掃除の目安」と「安心感」

白い床は、髪の毛や汚れがすぐに目に入ります。
一見、手間がかかりそうですが、
「どれくらい汚れているか」がすぐにわかることで、掃除のモチベーションにもつながりました。

そして、
「今、きれいだな」
「そろそろ掃除したいな」
そんな感覚を素直に受け取れることで、
小さな安心感も生まれていました。

黒い床で感じた「見えない不安」

一方、黒い床は汚れがほとんど目立ちません。
黒い犬の毛が落ちていても、ぱっと見ただけでは気づかないことも。

それは「掃除しなくてもいい」という気楽さをくれる半面、
「今、きれいなのかな?汚れているのかな?」
と、見えないことへの不安を感じさせる一面もありました。

 

フィンランドに学んだ、清潔感と安心感

この体験から思い出したのが、フィンランドで見た暮らしです。

フィンランドの人たちは、
床に物を置かず、掃除しやすい空間を整えることをとても大切にしています。
それは、清潔感が安心感につながることを、
暮らしの中で自然と大事にしているからなのだと知りました。

 

ちきりんさんの選択と、私の感覚

また、思い出したエピソードがあります。
人気ブロガーのちきりんさんは、
洗面所の床は「髪の毛が落ちても目立たない素材・色」に徹底的にこだわったそうです。

「見えないことで、気にならないようにする。」
そんな感覚も、また暮らしを心地よくするひとつの工夫なのだと感じました。

 

正解は、ひとつじゃない

白い床がいい、黒い床がいい。
それは、単純な優劣ではありません。

自分が、どちらを心地よいと感じるか。

感覚は人それぞれ。
だからこそ、どちらを選んでもいいのです。

 

自分の五感を信じて

昨日参加したCLOプログラムの勉強会でも、
「五感のどの部分が鋭いか、鈍いかは、人それぞれ違う」
という話がありました。

だからこそ、
自分の感じ方を大切にしていい。
自分にとっての心地よさを、信じていい。

そんなふうに思います。

 

おわりに

五感をフルに使って、
自分にとって心地よい環境を探してみる。

それは、「感覚にやさしい暮らし」を育てる、
小さくて、でもとても大切な一歩です。

次回は、「視覚から整える空間づくり」について、感じたことを書きたいと思います。

 

感覚にやさしい暮らしノート Vol.4 「“何もしない”を責めないで 〜セルフケアという心の回復術〜」

自分を置き去りにしないで

最近ふと、フィンランドの本屋さんで見かけた日記帳のことを思い出しました。
シンプルな装丁に、“今日、どんな気分だった?”というような問いが毎ページにそっと添えられていて。
それは「何をしたか」ではなく、「どんなふうに感じていたか」を記録するものでした。

忙しい日々の中、自分の感覚を置き去りにしたまま1日が終わることがあります。
けれど、自分の気分に目を向けること。それ自体が、立派なセルフケアだと思うのです。

セルフケアって“回復”なんだと思う

セルフケアという言葉には、どこか「前向きに頑張るための手段」のようなイメージがあるかもしれません。
でも私は、セルフケアとはむしろ「頑張らなくていい時間」を自分に許すことだと思っています。

「今日はよくやったね」と言ってあげる。
白湯を飲む。音楽を1曲だけ聴く。予定のない時間に、ただ空を見上げる。
そういう“小さな回復”の積み重ねが、感情の風通しをよくしてくれる気がします。

昼間の白い雲と青い空

満たすことからしか、やさしさは生まれない

友人のかのこちゃんが、あるときこんなことを言っていました。

感謝ってするものじゃなくて、溢れるものだと思うの

https://www.instagram.com/kanoko_withlove?utm_source=ig_web_button_share_sheet&igsh=ZDNlZDc0MzIxNw==

愛情や思いやりも同じ。
“誰かに与える”ことを焦る前に、自分の心のコップにヒビが入っていないか、ちゃんと見てあげること。
自分で満たして、溢れた分を人に渡せばいい。

子育てや仕事に追われていると、どうしても「誰かのために動かなくちゃ」と意気込んでしまうけれど、順番を間違えると心が疲れてしまいます。

白いテーブルの上の透明なコップ

“何もしない”時間を、価値のあるものとして受け取る

誰にも言えないけれど、「今日は何もできなかった」と感じる日。
そんな日ほど、自分を責めてしまうことがあります。

でも、本当はその時間にしかできないこともある。

自分の呼吸を感じて、生きていることをただ感じる。
時間がゆっくり過ぎていくのを、ただ見送る。
その静けさの中で、心はじわじわと整っていくのかもしれません。
woman in white vest and black bikini with hand on chest

 

“私は何がしたいのか”を取り戻す

先日、あるお客様とお話をしていて、とても印象的な言葉をいただきました。

「今日は、どんな暮らしがしたいか、聞かれてもすぐに答えられない自分がいることに気付かされました。」

彼女の心は、ご家族への気遣いでいっぱいでした。
まるで“自分のためのスペース”が心の中にないように。

そういうとき、人は「何がしたいかわからない」と感じるものなのかもしれません。
でも、もし自分の中に“願い”や“希望”という光がほんの少しでもあれば、暗闇の中でも進むことができる。
その光は、自分の心の奥からしか灯らないのだと思います。

 

アートが教えてくれた、“今の自分”の見つけ方

私が自分を見失いそうになるとき、よくアート鑑賞に助けられています。
作品の前に立つと、作者の意図と関係なく、心にあるものがふっと映し出される瞬間があるんです。

思い浮かんだ人、もの、出来事。
そこに湧いてきた感情──怒り、悲しみ、嬉しさ、愛おしさ。
それが、「今の自分の内側」を教えてくれます。

そこから少しずつ、「私はどうしたいのか」「何を手放したいのか」「次にどんな一歩を踏み出せるか」が見えてくる。

人生は、そんなふうにして自分に問いかけながら、日々“組み立て直していける”ものなのかもしれません。

 

おわりに

セルフケアって、特別なことではなくて、
ただ「今の自分を見つめること」から始まるのだと思います。

忙しさのなかで、自分の感覚が遠ざかってしまったとき──
ほんの1分だけでも、心の声に耳をすませてみてください。

それが、自分を取り戻す小さな習慣になるはずです。

あなたにとっての「セルフケア」が、今日もやさしく寄り添ってくれますように。

感覚にやさしい暮らしノート Vol.3 意思を持ったリラックスと、空間がくれる静かな背中押し

“だらける”と“くつろぐ”は、ちがう

疲れているとき、 ソファに沈み込むように過ごす時間がある。

けれど、そうやって過ごしたはずの時間のあとで、 なぜか気持ちが落ち着かなかったり、 自分を責めたくなってしまったりすることがある。

本当に“休めた”のかな? 心とからだの声を聞けたのかな?

そんなふうに、後から自分に問い直すような時間—— 私には、何度もありました。

 

そんなとき、フィンランドで訪れたアアルト邸の空間が、静かに思い出されます。

そこにあったのは、 やわらかい布や木の質感に包まれた、やさしい居心地と、 どこか背筋をそっと伸ばしてくれるような、凛とした静けさ。

「くつろぐ」と「整っている」が、自然と両立している。

そんな空間が、この世界にはあるのだと、気づかせてくれました。

 

“整った空間”がやさしく背中を押してくれる

アアルト邸を歩いていると、 どの部屋にも「目的」がそっと置かれているように感じました。

リビングの窓辺に置かれた緑と、横に並んだ写真集。
椅子に座り、音楽を聴き、庭を眺め、そこからインスピレーションを得る時間。

ダイニングでは、必要なものが無理なく手に届き、 使い終わったあとには、自然と片付けたくなるような合理的な工夫がありました。

ダイニング側、キッチン側、どちらからも取り出せるようになっています↑↓

ダイニングテーブルのそばに、便利な収納がたっぷり。

この棚の後ろにエクステンションテーブルの置き場が隠れています↓

脚立の置き場まで確保されています。↓

寝室は、明かりと色づかいまで含めて、 「深く眠る」ということのために整えられているように感じました。

ファミリーリビングのテーマはおそらく「団らん」…ベージュ×赤いファブリックが暖かさを演出。↓

各寝室のデスクは、静かに自分と向き合えるような窓辺にあり、 オフィスの自席は、道具や参考書がすぐ手に取れるよう並べられ、 作業がすっと始められるようになっていました。

内省や感情・思考の整理が捗りそう…

それぞれの空間が、 「したいこと」に自然と向かっていけるように、 そっと背中を押してくれるようなつくりになっていたのです。

自分から動こうとしなくても、 「この空間にいると、これがしたくなる」—— そんなふうに、暮らしの中の流れが自然に立ち上がる。

これこそが、“整える”ということのやさしさなのかもしれません。

 

やさしさの芯にあるのは、“少しの緊張感”

アアルトの空間は、やわらかいだけではありませんでした。 木のぬくもりや、カーテンのやさしさと並んで、 整然と並んだ道具や、白と黒のコントラストが、そこにはありました。

特にオフィスの室内は、白を基調としたモノトーンで構成され、 視覚的なノイズが取り除かれていて、自然と集中へと気持ちが向かうようなデザインでした。

家具や造作のラインに、まっすぐな“直線”が際立っていたことが印象的で、 その整った線が、空間全体に凛とした空気感をもたらしていました。

それは、どこか「少しの緊張感」が、空間にそっと漂っているような印象でした。

モノトーン×ベージュに自然の緑。見事に統一されています。

印象的な直線使い。

決してピリピリしているわけではなく、 でも、すこし背筋が伸びるような、凛とした空気。

この「少しの緊張感」こそが、 空間のやさしさを内側から支えているのだと思います。

 

全体がぼやけず、空間の目的が自然に伝わることで、 安心して“その場に身を置ける”ようになる。 そこにいる自分を、肯定できるようになる。

やさしさとは、やわらかさだけではなく、 ほんの少しの輪郭があることで、はじめて安心になる—— そんなことを、あの空間が教えてくれたように思います。

 

意思のあるリラックスとは、自分の感覚を信じて任せること

「だらける」と「くつろぐ」は、 見た目には、どちらもゆるんでいるように見えるかもしれません。

けれど、自分の中で何が起きているかに目を向けてみると、 そのふたつの違いは、とても大きいものだと感じます。

“意思あるリラックス”とは、 「今、自分はこう過ごしたい」と、 しっかり気づけるような状態のこと。

そしてその気づきを、 信じて、任せてみること。

そんな静かな選択の積み重ねが、 私にとっての「感覚にやさしい暮らし」につながっている気がします。

 

アアルトの空間は、 暮らしの中の活動や感性、内面の動きまでを自然に引き出し、 そっと支えてくれるような設計で満ちていました。

すべての部屋や道具には、 そこにあることの“理由”があり、 その“合理性”が、やさしさの芯として機能していたのだと思います。

整えることは、無理することではなくて、 人の営みをやさしく守ってくれる基盤を作ること。

私も、自分の暮らしの中に、 そんな“目的のある余白”を、ひとつずつ増やしていけたらと思っています。

 

【おまけ】やっぱりロッカーは必要よね…

玄関付近にはコートやかばんの収納スペースが十分に取られていました。

これはアアルト邸に限らず、フィンランドではどのカフェ・レストランにも、そして図書館にもありました。

メインの場が散らからず、その場の目的をブレさせないための大切な工夫だと思います。

この日は日本人のお客さんがいっぱいでした。

我が家でも。

iewabuki.com

感覚にやさしい暮らしノート Vol.2 音がつらい日もある。気づきからはじまる、やさしさの暮らし

感覚に寄り添うということ

最近、CLOプログラムの勉強会で「感覚過敏」というテーマについて学びました。
日常の音や光、匂いなどに強く反応してしまい、暮らしの中で困難を感じる方がいること。
そのお話を聞いたとき、私はふと、自分の中にもある感覚の波に気づきました。

育児や家事で疲れてくると、普段なら気にならない音が、どうにも耳に残る日があります。
ドアの開け閉めの音。ハンガーを戻すときのカチャッという音。
コップをテーブルに置く音。椅子を引く音。

暮らしの中にある小さな音が、少しずつ積もって、そっと心を削るように感じるときがあります。

そして、私の長男にも、似たような「感覚の鋭さ」があります。
匂いや肌ざわりにとても敏感で、旅先の空港では香水のにおいで気分が悪くなってしまったこともありました。
服も見た目より「触り心地」で選びます。本人にとっては、とても大切な基準です。

私は、こうした感覚を「わがまま」や「甘え」だとは思っていません。
感じ方の違いに気づき、尊重し合いながら、
できる範囲で「感覚にやさしい暮らし」に整えていくこと。
それが家族としてのセルフケアであり、共に暮らす工夫だと感じています。

 

静けさをつくる道具たち

そんな感覚に向き合う中で、
私自身も、静けさをつくる工夫に目が留まるようになりました。

たとえば、フィンランドで見かけたハンガー&ハンガーバー。
ハンガーバーは木製。ハンガーにはファブリックが巻かれていて、
掛けたり外したりするときも、音が立ちにくいようになっていました。

ある日入ったお店では、金属の買い物かごの取っ手に、
リボンがくるくると巻かれているのを見かけました。
細やかな工夫かもしれないけれど、そこにあるやさしさは確かでした。

アアルト邸で触れたドアの取手も印象的でした。
金属なのに、角がなく、手のひらにしっくりとなじむ形。
感覚に寄り添う「形」が、こんなふうに存在することを、
初めて意識したような気がしました。

音を消す、というよりも、
「感覚を刺激しすぎない」ように、静かに支えてくれるものたち。

そういう道具や素材にふれるたび、
どこか、自分がやさしく扱われているような気持ちになります。

 

アアルトが設計した「やさしさ」

フィンランドの旅の中で、
アアルト自邸とスタジオを訪れたときのことが、とても心に残っています。

そこには、いわゆる“名作デザイン”として語られるものだけでなく、
使う人の感覚に寄り添うような、さりげない工夫がたくさんありました。

ある療養生活のために、アアルトが設計したサナトリウムでは、
家具や建材の素材が、金属から木材へと変えられていたという話をガイドさんから聞きました。

金属の持つシャープな印象や、清涼感も美しさのひとつ。
けれど、長くふれあう空間や道具においては、
“ぬくもり”や“やわらかさ”が、より深い安心をくれることもあるのだと思います。

パイミオのサナトリウムでも、患者さんの呼吸のしやすさや、心身の快復を考えて、
照明の角度や椅子の素材にまで配慮がなされていたと知り、
「やさしさ」とは、見た目や言葉だけでなく、
素材や音や光といった“感覚”のすべてに通じるものだと、改めて感じました。

 

気づくことは、セルフケアの第一歩

「やさしさ」という言葉は、ときにふんわりしすぎていて、
何をすればいいのか分からなくなることがあります。

けれど、自分の中にある「ちいさな不快感」や「ささやかな心地よさ」に気づくこと。
それは、感覚にやさしい暮らしをつくる、確かな入り口になると感じています。

外から与えられるやさしさも大切だけれど、
自分の感覚を受けとめ、自分のために整えること。
その積み重ねが、セルフケアであり、
家族や暮らしの中にもやさしさを広げていく基盤になるのかもしれません。

 

次回予告

次回は、「だらける」とは違う、
“意思を持ったリラックス”について綴ってみようと思います。

やさしさの芯にある、
ちいさな「整える力」のお話です。

感覚にやさしい暮らしノート Vol.1 光がやさしいと感じた、フィンランドの部屋

ヘルシンキを旅するなかで、ふと立ち止まりたくなる室内の景色に、何度も出会いました。
それはどれも、強い主張のない、静かでひかえめな空間。
けれど、そこにある“光”はどこまでも豊かで、心の奥にまでそっと届くようなものでした。

窓辺の机と白い壁

白く塗られた壁、淡い木の床。
そして、窓のすぐそばにそっと置かれた机や棚。

フィンランドの冬は、日照時間がとても短く、太陽が低い角度から差し込みます。
だからこそ、室内に入ってくる光の一筋が、まるで贈り物のように感じられるのだそうです。

白い壁は光をやわらかく受け止めて、部屋の奥へと反射させてくれる。
棚の上の植物や小さなオブジェは、そのひかりを浴びながら、静かにたたずんでいます。

この「明るさ」には、きっと照明ではつくれない質感があります。

「明るすぎない」やさしさ

フィンランドの照明もまた、とても印象的でした。
ほとんどが間接照明で、天井から降り注ぐ強い光は少なめ。
代わりに、ランプシェードや壁に反射するやわらかい光が、部屋全体をそっと包んでいます。

いちばん印象に残ったのは、「光で見せる」ではなく、「光で安心させる」空間のあり方。

どこかおうちの中のようで、街の灯りも、部屋の明かりも、まるで同じ呼吸をしているようでした。

 

光を使って、こころを整える

この旅で気づいたのは、
「明るい部屋にしたい」と思っていた私の願いの奥には、
「心を整えるような光がほしい」という想いがあったのかもしれない、ということ。

蛍光灯の強い光よりも、
窓から差し込む自然光、壁にふわっと映る明るさ、
そしてその“影”すらも、心地よさをつくってくれる。

光もまた、感覚にやさしく寄り添ってくれるものなんだと知りました。

わたしの暮らしに取り入れてみたいこと

– 午前中はカーテンを開けて、光の動きを感じてみる
– 白や淡い色の壁や布を取り入れて、光を迎える場所をつくる
– 明かりは「足す」よりも「整える」。影も美しさの一部にする

ちいさなことからでも、きっとはじめられる。
このやさしさを、自分の暮らしにも少しずつ、しのばせていきたいなと思っています。

次回予告

次回は、音に寄り添う道具たちについて。
金属音が苦手な方にもやさしい“ロープ巻きハンガー”や、感覚への工夫についてご紹介します。

片付けられないことを「怠惰」と誤解してはならない—正しい理解とサポートの重要性

片付けられない=怠惰という誤解が生む苦しみ

灰色のソファに横たわるピンクのジャケットの女性

「片付けられない」と悩み、長年苦しんでいる方がたくさんいらっしゃいます。

その背景には、様々な問題が関係しているのにもかかわらず、悲しいことに「怠けている」と誤解されたり、ご自身でもそう思い込んでしまうことがあります。

この誤解こそが、さらに苦しみを深めてしまうのです。

片付けられない自分に対して罪悪感を抱き、恥ずかしさから誰にも相談できず、ますます追い詰められてしまう方も少なくありません。  

でも実際には、精神的な負担や脳機能の低下など、さまざまな難しい要因が影響している場合があり、自分の意思だけでは片付けが難しいことも多いのです。

だからこそ、正しい理解とサポートを受けることが必要です。

茶色の木製の棚に並べられた本

片付けられない要因を正しく知る

片付けられない原因には、精神的なもの、神経科学から説明できるもの、身体的なもの、認知の問題など、さまざまな要因があります。

何が片付けられない要因になっているのかを正確に把握できなければ、適切な対応をすることは難しいでしょう。

そのため、状況を客観的に分析し、適切なサポートを見極めることが重要です。

 

CLOプログラムでの学び

私たちが所属する日本ライフオーガナイザー協会には、CLOプログラムという学びの機会があります。このプログラムでは、ADHD(注意欠如・多動症)・自閉スペクトラム症・ホーディング(ため込み癖)・脳機能障害などが影響し、慢性的に片付けられない状態(Chronic Disorganization=CD状態)になっている方をサポートするための専門知識や技術を継続的に学びます。

jalo.jp

先日もCLOプログラムの勉強会に参加し、以下のテーマについて学びました。

  • 散らかりの深刻度や日常生活への影響を客観的に測るスケール

  • 先延ばし、時間管理、変化への備えなど、慢性的に片付けられない状態の要因を検証するファクトシート

  • これらのツールを現場でどのように活用するか

こうした評価ツールを使うことで、お客様の状況を客観的に確認し、適切なサポートを提供することができます。

www.challengingdisorganization.org

変化には段階がある

例えば、CLOプログラムで学んだファクトシートの一つに「変化への備え」というものがあります。

これは、人が変化を受け入れるまでの5つの段階を示したものです。

以前、Xでアンケートを取った際に「変化が苦手」と感じている方が多くいらっしゃいましたが、このファクトシートをご覧いただくことで「最初に不安を感じるのは当たり前」であり、「少しずつ移行すればよいのだ」と安心してもらえるのではないかと思います。

このように、片付けができない要因を科学的に分析し、正しいアプローチを取ることで、私たちがお客様の負担を減らし、適切なサポートを提供できると信じています。

www.challengingdisorganization.org

 

お客様に安心していただきたい

私たちのもとに相談に来られるお客様は、長年「片付けられない」という悩みを抱え、そのことで偏見を持たれたり、誤解されてしまうことに苦しんでいます。

そのため、私たちライフオーガナイザーに対しても「責められるのではないか」「偏見を持たれるのではないか」と心配されることが少なくありません。

ですが、CLOプログラムを学んでいるオーガナイザーは、そういった偏見を持たず、科学的な視点からサポートを提供しています。

安心してご相談いただければと思います。

 

正しい現状認識から始めましょう

砂浜に足を突っ込んで立っている人

今回ご紹介した評価ツールを活用することで、お客様の現在地を客観的に確認し、次のステップへと進むサポートができます。

これは、お客様自身が「どうして片付けられないのか」を正しく理解し、思考や感情の整理をし、生活環境の問題点を冷静に見つめなおすことにも役立ちます。

そして、双方の思い込みや誤解をなくし、お客様とオーガナイザーが共通の認識を持つことで、より効果的な片付けサポートが可能になります。

そのために、私たちは今後も学び続け、最適な方法を模索していきます。

もし、片付けられないことで苦しい思いをしている方がいらっしゃったら、ぜひ私たちにご相談ください。

二人の手の眺め