家は味方

ADHD親子の、片付けられる家。

結婚11年目、食器の厳選終わりました!各お気に入りポイントまとめ

※2025/07/12加筆修正予定!使ってみた結果、使わなくなった&買い足すことになったお皿あり。

何をどう使うかわかってきた11年目

紆余曲折あり、日々の自分たちに合う食器がやっと厳選できました。

引き出し2段分にスッキリ収まり、全て食洗機対応&食洗機に入れやすい形。

見た目の統一感(好みですが)、使いやすさ、兼用できるかどうか。

そんなことを考えて決めたお皿たちをご紹介いたします。

 

食器全量公開!

じゃじゃん。基本的には白×ガラスです。

私は料理が苦手なので、色合わせまで考えると頭がパンクするからです…。

実はマグカップを撮影しそびれたので後に別途紹介いたします。

 

基本のご飯&お味噌汁セット。お椀について熱く語らせてください!

食洗機に入れられるように、過去スープカップで味噌汁を食べたりしていたのですが、なんとなく自分の好みとしては、やっぱりお味噌汁は木のお椀で飲みたい!と思って、ニトリのお椀を使っていたんですね。

でもやっぱりついつい食洗機に入れてしまって。

1年足らずでとうとう割れちゃったのです。

 

そして、食洗機で乾燥までしても、高台の中にお水が溜まってしまい、乾かないのも悩みでした。

そこで高台のないお椀を買ったこともあるのですが、それだと今度は手に取りにくい。

いちいち両手で持ち上げないと不安な感じが苦手だったのです。

そこで改めて探してみたところ、やっと理想の食洗機対応のお椀に出会えました。

高台がちょこっとあります。美しいシフォン型は、洋風のご飯にも合う形です。

右がニトリの1年使ったお椀。左が新しいお椀。

直径13センチの大きめが、具だくさんみそ汁ばかり作る我が家にぴったり!

高台のところにご注目ください。

食洗機で洗い上がったとき、水がほぼ溜まらないので、食洗機から出したときにはしっかり乾燥しています。

すぐに引き出しにしまうことができるのです!

これまで完全に乾くまで待つのが嫌でした。

高台が少しでもあることで、片手でもすんなり手に取ることが出来ます。

食洗機に入れたときはこんな感じ。すごく入れやすいかと言われるとそこまでではありませんが、

なかなかに立ち上がって入ってくれるので、高台に水が溜まりません。

左の一般的なお椀と並べると、水が残らないのがわかりますよね。

 

メインのお皿はオーバル型で深皿の役割と兼用!

今回改めて食器を見直し買い換えたのは平皿です。一般的な丸い平皿をたくさん持っていたのですが手放すことにしました。そして買い替えたのはこちらのお皿。

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有名なこちら↓のお皿のそっくりさんです。

こちらのほうが高級感や洗練された感じがあるとおっしゃる方がいるので、どちらにしようか凄く迷いました。

私も食器売場にいたのでわかるのですが、同じ「白」といっても全然メーカーによって違う色なんですよね。

「安っぽく見えてしまう白」があるのも知ってはいます。

 

でも今回私が注目したのは、内側の平らな面積です。

どうやらサタルニアのお皿のほうが内側の平らな部分がシャープな形で少しですが狭そうだったのです。

今回私は、平皿としても使えて・パスタ・カレー皿としても兼用できるものを探していたので、平皿として使える面積が少しでも多い無印にしました。

 

まぁ価格がお手頃なのが本当の一番の理由かもしれませんが…!

ちょっとお椀に予算を多くかけたので、ここはバランスです。

無印のお皿も実際に手に取ってみたら私は安っぽく感じませんでしたし、素朴でとっても可愛かったので、購入の決心がつきました。

 

また、以前こちらで話しましたが、

iewabuki.com

食洗機に入れやすい深皿は、横から見たときに台形になっているお皿です。

こちらも横から見たとき台形なので、もちろん食洗機にも入れやすくなっています。。

 

「私らしい」ワイングラス

それから今回無印で一緒に、食洗機対応のお箸と小さなワイングラスも購入しました。

実はワイングラス、上等なリーデルのワイングラスを以前持っていたのですよ。

でもね、高級なもの、ステムが細くて繊細のものは、どうも扱いが恐る恐るになってしまって心が萎縮してしまうのです。

だから、大切なお友達に譲ってしまいました。

この小さなワイングラスは、他の食器といっしょに浅い引き出しに入るのが嬉しいのと、普段からちょこっとだけ飲みたい私にぴったり。

もし割っちゃったとしても、ショックを受けないお手頃価格、いつでも買いに行ける無印良品のものなので安心できたのです。

というわけでこの子も「いつものお供」の仲間入りです。

 

あえて兼用にせず残したお皿

デザート用の、ナハトマンのガラスのお皿です。

え!公式ページにも、私の持っているサイズがなくなってた!

お取り扱いなくなってしまったのでしょうか?

ちょっとわかりませんのでサイズ違いのリンクを貼っておきます。

似たサイズの取り皿があるので、必要なといえば必要ないのですが(おそらくミニマリストさんなら手放すでしょう)、手放せませんでした。

 

理由はやっぱりデザートを乗せたときのキラキラ「特別感」。

これはガラスのお皿にしか出せない気がして。

サイズの似ている↓こちらのお皿は、パン皿や素朴なお菓子を載せるときに使い、↓こんなふうに料理中(お弁当のおかずや、お玉置き)にもガンガン使う、日常のお皿としての役割を担ってくれています。

こちらは姉の結婚式の引き出物で、思い入れがあるものです。大皿とセットです。

↑左にちょこっと写っている丸い小皿はロイヤルコペンハーゲンのもので、お醤油皿として、一口分のお菓子やドライフルーツを乗せたり、ティーバッグを出しておくのにと重宝しています。

 

一番使う食器

こちらは以前も紹介しましたが、ヘビーユースしているお皿です。(ニトリ

とてもおすすめなのですが残念ながら、もう買えないようなのです。

(最後に私が買い占めたから…?)

・ご飯

・シリアル

・サラダ

などなど、何でも使えて最高に食洗機に入れやすい、軽くて扱いやすい、最高です。

↑サイズ違いで2種類持っています。大きめの方は、うどんや丼物に使っています。

↓メインのおかずはオーバル皿に。これも毎日使います。

↑左は私たちの結婚式の引き出物にしたロイヤルコペンハーゲンオーバル皿。

当時より1,000円値上げしていてびっくり…。

こちらは基本フルーツ皿にしています。

特にぶどうを入れると、とても美しいです!

 

ガラスボウル&トレイ

↓こちらは母から譲り受けたもの。

サラダの他、夏に冷たいおそうめんをたっぷり氷ごと入れたり、フルーツ、サラダ、子どもたちの大好きなフルーツポンチにぴったりです。

トレイの方は、フルーツを入れて飾ることが多いです。

果物はその存在だけで美しいアートになります。

和のセット

唯一和風の食器たち。お椀は先程お話しました。

↑右のカップアクタスのアウトレットで購入しました。

花火のような、麻葉文様のような柄。

蕎麦猪口として、緑茶のカップとして、夫が好きな白玉デザートのときにも使っています。

 

引き出しにはこう収まる

食器は引き出しに入れるのが好きなので、それを想定してキッチンを注文しました。

今回整理したことで、引き出し2つ分に余裕を持ってしまうことができるようになりました。見渡せるので、死蔵品はなくなると思います。

一段目↓

二段目↓

今回一度全部出したので、購入してから1年ぶりに(どれだけ先延ばししたの!)こちら↓のシートを敷き込めました。

ずっとなくても大丈夫だったので、いらないような気もするけれど、引き出し収納だと少し滑るのは確かなのでしばらく使ってみたいと思います。

 

マグと保存容器について

おっとー!マグカップについて書くの忘れていました。

ここのドリンクコーナーの下の引き出しに、

マグカップは別に収納しています。

紅茶用にはハリオのガラスマグカップ、コーヒーにはイケアのマグカップを使っております。後の2つは実家から子どもたちが気に入っていただいてきたもの。

マグカップはまだ理想のものに出会えておらず、探し続けたいと思っています。

炊飯器の近くにお米の保存容器としゃもじをセットで置いています。

仲間は一緒にしておくとやはり使いやすいですね。

保存容器はお米用のみです。

作り置きあまりしないのと、おかずが残ったときはふつうにお皿に入れてラップしてしまっていますのでいらない気がしています。

 

あなたにピッタリのお皿は?

以上です!元食器売場の店員が熱く食器について語らせていただきました。

皆様の食卓にはどんな食器が並んでいるのでしょうか?

すてきな日常を彩るあなたにピッタリのお皿が見つかりますようお祈りしております。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

ADHD息子×ADHD母の10年

息子10歳になりました

年明け前に、長男が10歳になりまして。

今日は改めてこの10年間を振り返ってみたいと思います。

これを今読んでくださってるあなた様は、どんな10年をお過ごしでしたか?

私は引っ越しを9回(海外、東京、地方含む)した後に子を3人と子犬が1匹家族に加わりました。

海外に住んでみなければ、夫が大企業を辞めてベンチャー企業に飛び込むこともなかったですし、コロナ禍が訪れなければ、地方移住することもありませんでした。

そして地方移住しなければ、決して3人目を生んだり犬を迎えたりしなかったでしょう。

まさかの展開ばかりでした。

世の中も大きく様変わり、10年前には想像すらできなかった世界にたどり着いたと感じています。

子育てでしてよかったと思うこと

さて子育ての話に戻ると、ADHDの息子を育てるのに私が意識したのは3つ。

  1. 彼の世界を邪魔しないこと
  2. 彼の歩みに制限をかけないこと
  3. よく疲れさせ、よく眠らせること

この3つはとても良かったと思います。なんとなくですけど。

 

彼の世界を邪魔しない

彼が歩みを止めて何かに夢中になっているとき、できる限りそっとしておいてその世界の邪魔をしないようにしました。

スケジュールを決めずに、ただ彼の後をついていき、止まったら待つだけ。

きっと彼なりの発見とそれによる思考ぐるぐるタイムだったのだと思います。

彼の歩みに制限をかけない

とにかくひろーい場所(誰もいないような)に連れて行って、日々自由に歩かせました。

一見何も無いところでも自ら面白いことを見つけて何でも楽しめる子になっていきました。

 

よく疲れさせ、よく眠らせること

どうしてこんなに自由にさせて疲れさせたかって?

彼が寝ているときしか、私の安心できる静かな時間がなかったから!

できるだけ外でエネルギーを発散させないと、家がいたずらで崩壊するから!

とにかくぐっすりお昼寝させるために午前中があったのでした。

夕方も公園や散歩に連れて行っていましたよ。

今思うと、よくやったなと自分でも思います…。若かった!

逆に言うと2人目、3人目の子たちはこれほど外に連れ出してあげられませんでした。

 

できなかったこと

幼稚園に行くようになる=時間制限が生まれると、悠長に待つことができなくなり急かすようになりました。

トイトレがもリバウンドがあったりしてうまく行かなくて、よく怒鳴ってましたね。

子育て、特にトイトレでやっちゃダメなことは全て、網羅したのではないでしょうか。

正直、手を上げてしまったこともあります。

虐待してしまいましたと、泣きながら児童相談所に電話したこともありました。

ひどい母親だったと思います。

言い訳を並べれば色々ありますが、結論だけ言うと、

多動児を育てるに当たり、「空間の広さ(人口密度の低さ)は正義だ」と思いました。

息子と私のこれから

息子の幼い頃には、こんなふうに運動ばかりさせていたわけですが、どういうわけか「ストーリーにのめり込む子」に成長しました。

本、漫画、映画やアニメが大・大・大好き。

ロボット&迷路を作るのと、古生物や深海生物、爬虫類のような生き物も大好きです。

自分から面白いものをたくさん見つけ、どこに連れて行っても喜んでくれ、褒め上手で、とにかく明るくて、いつも喋っていて、毎回笑わせてくれるあなた。

これからも大好きなあなたの世界にどっぷりと好きなだけ浸って、夢中で過ごす時間をたっぷりとれるよう、他のことをパッパと進められるあなたでいてね。

(それができるようになったあなたを誇りに思います。)

 

対等に話せるようになり、言語化が得意なあなたに私の気持ちを代弁してもらうことも増えました。

お互いの弱みをお互いにフォローしあい、リマインダーしあえる心づよい仲間のような存在です。

これからもよろしく!

https://www.instagram.com/share/reel/BAA1AkxXvo

UFOキャッチャーに消えた9000円!伊勢海老への渇望、ADHD親子の会話

事件の始まり:母親が息子たちをゲームセンターに放置

お正月にもらったお年玉を握りしめ、少年達はゲームセンターに向かいました。

そこは ufoキャッチャーだけのお子様向けのゲームセンターだからといって、母親は油断。

のんびり仕事をしておりました。

 

まず、次男が戻ってきました。豪華な伊勢海老と、テトリスをゲットしたようです。

3回で取れたんだよ~!と、とても自慢げ。嬉しそう。

しばらく経ってなかなか長男が帰ってこないので心配していたところ、1時間ぐらい経ってからやっと戻ってきました。

 

浮かない顔で景品を3つほど持ってきています。

おぉ!3つももらったのか?すごいじゃん!と母親が声をかけると…

少し涙を浮かべている。

「…お金たくさん使っちゃった」と言ったのです。

 

「へぇ、いくら使ったの?」と聞くと「絶対怒るから言いたくない」

母親は覚悟し、「わかった。絶対に怒らないから、いくら使ったのか話してごらん」と言いました。

3000円ぐらい使っちゃったのかな~と思いながら。

 

すると、「…9000円」とつぶやいたのです。

母親は心の中で動揺しまくりました。

でも怒らないからと約束して聞き出したので怒るわけにはいかない。

元々、自分のお年玉だから自由に使っていいという話になっている。

一体どういう反応したらいいんだろうと考えます。

 

「どうしても伊勢海老が欲しかったんだ。弟が羨ましくて」

長男は甲殻類や爬虫類の、ちょっと変わった風貌の生き物が大好きなのです。

それを3回でゲットした次男を見て、「これなら俺も取れるはず。絶対に欲しい!!」と思ってしまったようなのです。

 

--いや、とてもわかるよ。分かるけど、9000円か。

 

母親は尋ねました。

「それは ufoキャッチャーを90回やったことと9000円という金額は見合っていたと思う?9,000円分、満足できた?」

 

息子「楽しかったから満足はしたけど、やっぱり使いすぎちゃったと思う…」

 

長男は何かにはまりやすい特性があります。

漫画と本を渡したら、食事もトイレも忘れて1日中読んでいられるタイプです。

(ちなみに私も同じ特性)

 

お金の使い方に関しても、少々派手だなとは思っていました。

でも、お金の失敗は経験しないといけないと思っていたので、お小遣い制度を実施し、本人の計画と意思に任せることにしていました。

 

責めずに、でも事実は伝える

涙を溜めているので、何か悪いことをしたという実感はあるよう。

放置していた私にも責任があるので、責めないように気をつけよう。

が、事実だけ伝えました。

 

「9,000円という金額は、なかなか大人でも一気に使わないよ。

例えば時給1,000円田舎では1,000円ももらえればいい方なんだけど、9,000円を稼ぐには9時間、ほぼ丸1日働く必要があるね。

 

9,000円あったら、〇〇の好きなベイブレードは、何個買えるかな?

9,000円あったら、遊園地に2回は行ける。 

そういうのと比べて、今回のゲームセンターの9,000円は、妥当だったと思う?」

 

そこで模範回答が返ってきました。

「今度から気をつける」

 

いやいや。母親はすかさず聞きました。「ん、何を気をつけるの」

「お金を使いすぎないように」

「いくらからだったら使いすぎなの」

「例えば2,000円あったら、半分はお父さんに預けようと思う」

「どうして?」

「持っていると、全部使っちゃうから」

「なるほど、どうしてお金を使わないように、今後気をつけることにしたの?」

「お金の使いすぎは良くないから」

「何が良くないの?」

「9,000円は使いすぎちゃったと思う」

 

母親はしつこく聞きました。

「そうじゃなくてさ、何のためにお金を使いすぎないように気をつけるの。目的がなくても頑張れる?なんで我慢してるんだっけ…?って忘れちゃわないかな」

「なんでお金を使いすぎちゃいけないかと言うと、次に欲しいものを見つけた時に買えないから」

「確かに。今日9000円使っちゃったから、しばらく何も買えないね。しばらく何にも買えなかったとしても、今日は9000円使ってよかったなと思えるかどうかだね。」

 

特性を自覚する、社会を知る、受け入れて次のアクションに活かす

「思えない。でも、夢中になっちゃったんだよね。悔しくて。もう少ししたら取れるかなと思って」

「そうそう、人間ってそういうものだよ。悔しかったよね。

でも〇〇は特に何かにのめり込みやすいタイプだってことは覚えておくといいよ。

そういう気持ちを利用してゲームセンターは儲けているから、〇〇はいいお客さん。

悔しいとか悲しいとか辛いとか、そういうマイナスの感情を利用して商売してる人はたくさんいるから気をつけようね。

お母さんも片付けで困ってる人にお手伝いすることでお金をもらってるわけだけど…。

ビジネスしている相手に、喜んでお金を払いたいと思うか考えよう」

「ゲームセンターは好きだから、これからも時々行きたい。ゲームセンターの人は悪くない。

でも、悔しい気持ちになると、お金を使いすぎちゃうから何回までとかいくらまでとか決めてやるといいと思う。」

灰スティック付きシングルシガレットスティック

大人も悩んでる。一緒に工夫して行こうね。

「いい案だと思う。自分がそういうのにはまりやすいってことを意識しておいて、お父さんに半分お金は預けておくとか、いくらまでなら使っていいとか具体的な数字を考えてみてね。

大人もお給料を自分の口座に入る前に、投資や貯金用の口座に自動振込にしておくっていう人も多いよ。

お母さんも〇〇と同じで、すぐ何かにのめり込んじゃうから、お金もお父さんに管理してもらってるし、ハマっちゃいそうだな、とわかってるものとは距離を置いたり、気をつけて始めるかどうかを考えてる。

他にも、お酒飲みすぎちゃう、パチンコにお金使いすぎちゃう、買い物しすぎちゃうとかで、大人もみんな悩んでる。凄く難しいことだから。一緒に工夫していこう。」

ポーカーチップのセレクティブフォーカス写真

こんな対応で正しかったのかは、わかりません。

 

ここから生まれた息子作の物語

話すのが大好きな長男、最近は毎晩、お話を作って話してもらっています。

その日の夜は、こんな物語を彼が作りました。

 

あるところに蜂蜜が大好きなくまさんがいました

赤いくまさんで黄色いチョッキを着ていました

あるひ、くまさんははちみつ壺の中に頭を突っ込み、壺が頭から外れなくなってしまいました

困っているくまさんの所になんとランプの魔人が現れました

「お前の望みを3つ叶えよう」

早速くまさんはお願い事をしました

1つ目のお願い「お腹いっぱい蜂蜜が食べたい」

2つ目のお願い「ホテルのスイートルームに泊まりたい」

最後のお願いは、「またお腹が空いたので蜂蜜をお腹いっぱい食べたい」

 

ランプの魔神は全ての望みを叶えてくれました

そして消えてしまいました

 

くまさんはその時思い出しました

壺が頭にはまったままであることを

くまさんはそのまま餓死してしまいました。 

「一緒にやればできる!」ボディ・ダブリングの効果

「誰かと一緒にやる」のは甘えではなく、生産性を上げる手法

ライフオーガナイザー1級のための勉強をしていたとき、「ボディダブリング」という手法を知りました。

オーガナイザーがクライアントの鏡となって、一緒に作業する(見守るだけでも同様の効果あり)と作業が捗るということです。

  • ひとりじゃない実感
  • 意欲が増す
  • 自分はちゃんと作業できている!という実感
  • 作業に注意を持続させる

こんな効果があるようで、面倒くさい、嫌だなぁと思っているようなことも、不思議と最後までやり遂げられたりするのです。

 

オンラインお片付け会を始めたのは、誰かが一緒にやってくれたらなぁというお声をXでも見かけ、これだ!!と確信を持てたからなのです。

実際、始めてみるとご好評いただけて、5回分チケットをリピートしてくださる方も!「こんなサービスがほしかったんです」と言っていただけたときは凄く嬉しかったです。ありがとうございます。

 

オンラインお片付け会のお客様のご感想

記念すべき最初のモニター様のご感想↑

その他にも嬉しいお声、ありがとうございます。↓

iewabuki.com

 

立ちふさがるのは「自立しなくちゃ」の呪文

「これくらい、自分でやりなさい!」

「こんなことも一人でできないの?」

親から言われたことはありませんか?

もしくは自分で、自分自身に思ってしまうことはありませんか?

小さい頃からずっと、私たちは一人でできたらすごい!えらい!と褒めてもらってきました。

そういう考え方に慣れている真面目な方ほど、「自分でしっかりやらなくちゃ」と思い詰めてしまうかもしれません。

 

でも、片付けで悩んでいる方は本当に多くて、一人じゃないんです。本当に。

「わぁ10年ぶり…」なんて片付けあるある話も交えながら、安心して一緒に作業できる仲間がいます。

一緒にお片付けしてみませんか。

何をどうしたらわからない場合も、どんどんご質問ください。

私もライフオーガナイザーとしてヒアリングしながら、お客様にぴったりな片付け方を一緒にお探しします。

 

ボディダブリング体験記:私もお客さんになってみました!

今年1月から犬を飼い始めたのですが、初めて犬を飼うので、犬のためにどんな環境が良いのか、どんなふうに家を整えたら良いのかわからなかったのです。

しかも情報の少ない犬種(ラブラドールとダルメシアンの間の子)でしたので、ネット情報を調べてみても、どれも当てはまらないような気がして…

 

そこで、獣医でありライフオーガナイザーという稀有な存在、花村先生に犬と幸せに暮らすためのライフオーガナイズを、オンライン対応でお願いしてみたのです。

hanasaka-organize.com

 

花ちゃん先生に、ZOOMとLINEでアドバイスをいただきながら犬との生活準備をしていきました。

犬の居場所を間取りを見ながら考えて決めたり、何度もゲートの形を試してその都度組み立て直したり、植物を囲ったり…

正直とーーーーーーっても面倒くさかったのに、満足行くまで試行錯誤、犬との暮らしが安定するまで初期準備を頑張れたのは、紛れもなく「一緒にやってもらえた」からです。

 

  • 花ちゃん先生にせっかく教えてもらったから試してみよう!(好奇心アップ)
  • 花ちゃん先生が見てるからやらなくちゃ!(注意力維持)
  • 先生、見てみて!できたよー!って報告したい!(承認欲求)
  • 報告したら、褒めてくれた!!(承認欲求満たされる)
  • 間違いに気がついた!(一人では気が付かなかった、専門家ならではの視点ゲット)
  • あれ?気がついたら、面倒くさいことも出来たみたい!(達成欲満足、自信に!)

 

なんて楽しい一ヶ月だったのでしょう。お願いして、本当に良かったと思います。

お願いしなかったら、犬との新生活は頓挫していたと思います。

 

そんなわけで、「わからないこと」「めんどくさいこと」は一人で頑張ろうとせずに、誰かに側にいてもらいませんか?

家族でも、友人でも、親子でも、一緒に目標を共有するだけでも心強い。

ボディダブリング、おすすめです。

犬にも目標をシェアしてみる…?

どこまでが「ニーズ」で、どこからが「見栄」か?

仕切りもラベルもすべて崩壊

全てのものが見えていないと選べないし、存在を忘れてしまう私は、お洋服がきれいに並んでる姿が好きです。

料理がからっきしダメな代わりに、洗濯物を黙々とたたむのは苦でなくむしろ好きなのです。

お片付けサポートのお仕事をさせていただくようになってからは、これまでできていなかったラベリングなども、少しずつするようになってきました。

我が家では外出で必要なもの、洋服は人別収納にしており、私の場所は、種類ごとにかける&畳んでしまい、全て見渡せるようになっています。

 

ところが!「洗濯物をしまう」という家事を家族みんなが自分からしてくれるようになってから、その日しまってくれた人によって、毎日全然違う「しまい姿」になるように。

 

男性陣(夫・息子2人)はスピード重視で結果主義。

乾燥機から出したら、そのまま引き出しに突っ込む方式です。

ぐちゃぐちゃになるし、靴下は巻き込まれるし、何がどこにあるかわかりません。

それでも、本人たちはそれで満足。困っていないそうです。

というわけで、私が引き出し内に作った仕切りも、ラベルも崩壊し、意味をなさなくなってしまいました。

 

ついに「畳まないでくれ!」

それでも私はなんとなく畳んだり、分けて入れないと「気になる」ので、私ができるときは「意地を張って」、ゆるく畳んで分けてしまっていました。

でもそのうち私が仕事を始めて余裕を失い、男性陣がメインで洗濯物をしまってくれるようになると(感謝)、たまに私がしまったときに、とうとう「畳まないでいいったら!」と言われてしまいました。

畳んだり、分けたりすると、逆にしまいにくくなるとのことなのです。

 

そこで私は「たたむ」「分ける」という行為が自分にとってどうしてこんなに「気になる」のか、「意地を張って」しまうのか、考えてみることにしました。

片付けに正解はないので、自分の感覚が間違ってる可能性は大いにありえます。

 

私の「見栄」と、家族の「ニーズ」

まず最初に言ったように、私は全てが見渡せていないとストレスというのは前提にありますが、使うのは家族なので私の感性は一切必要ありません。

いや、これは「見栄」だ。はっきり気が付きました。

黒と白の縞模様の長袖シャツを着た女性がタバコのスティックを持っています

お片付けを仕事にしているんだから「ちゃんと」しなきゃ…

インスタに写真載っけるかもしれないし…

そんな「見栄」、家族にとっては迷惑だったのです。

(ケンカしたりは全くしてないのでご安心ください!)

 

また彼らの「畳まなくていい」「分けなくていい」には納得の行く理由があります。

  1. 洋服が少なく、引き出し1ケースにほぼ全部(下着、靴下、ズボン、半袖&長袖)収まる。
  2. だから分ける面倒くささが、探す手間と時間を大きく上回る。
  3. ファッションにこだわりがないので「選ぶ」という行為をしない。一番上に乗っている服を着るだけなので見渡す必要がない。
  4. 洋服がきれいに並んでいる姿に価値を感じない。

 

洋服へのこだわり、好み、重視することが違うんだから、しまい方が違って当たり前です。私は私と娘のスペースだけ整えることにしました。

娘は自分で洋服を選ぶようになったので、見渡せるようにしまう価値があると判断。

 

それぞれの「ちょうどよい」を探す旅へ出かけよう

だからといって、見栄が悪いものだとも決して思っていません。

「承認欲求」や「自己実現」のために工夫するのは人間らしい、愛すべき健気な行為とも思います。

ただそれを人に押し付けたり、本当は自分にとっても負担なのに過度に無理をすることは、よろしくないですよね。

また、体調や気分、日によっても「ちょうど良さ」って変わります。

一度決めたOKのボーダーラインが上下したり、違うやり方を好奇心でやってみたかったり、環境が変わってやり方の変更を強いられることもあるでしょう。

一緒に暮らすメンバーも、自分も、幸せに暮らすために、毎日その日のベストを。

そして長期的に見ても無理がなく、それでいて「気持ちがいい」ラインも諦めない。

言うは易しですが、色々やってみて自分たちの「ちょうど良さ」を知っていくしかないですね。

person wearing orange and gray Nike shoes walking on gray concrete stairs

SDGsなお片付け:脱プラで、個性と物語のある整理収納

フランス人に呆れられた私

9年前くらいかなぁ。フランス人の友人に、割と本気で軽蔑されたことがあります。

彼と、私の小さかった息子と、公園でのんびりしていたときのこと。

息子が泥んこになってしまったので、ベンチで着替えさせ、汚れた服をビニール袋に入れてかばんにしまいました。

それを見た彼が驚いた顔をしてため息をつきながらこう言ったのです。

「Plastic bag…!?」

いやいや、じゃあ、どうすんのさこれ、泥んこのままかばんに突っ込めと言うのかい。

とはいえ、ヨーロッパはやはり環境先進国が多いですよね。

9年前にすでにそういった感覚を持ち合わせていた彼は流石です。

プラスチックバッグ使う私は彼にとって「ダサい」のでした。

 

収納用品はプラスチックだらけ

ファイルBOX、収納ケース、仕切り…ほとんどすべての整理収納商品がプラスチックでできていますよね。

プラスチックって素材として本当に優秀で便利で、かゆいところに手が届く「これぞ!」という製品がゴマンとあります。

私達片付けを仕事にしている人たちもそれを買ったり売ったり勧めたりして暮らしているわけです。

しかし(もともと私は環境保護に熱心なわけではないのですが)、クールな理念とか通り越して、プラスチック製品を減らしていく実際的な「必要」を感じています。

以前お話しました。劣化するとボロボロしてそれを吸うのがちょっと怖いのです。

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味があって可愛くておしゃれなのは断然、自然素材!(独断と偏見)

海外かぶれの私は、海外インテリアをピンタレストなどで見るのが趣味なのですが、インテリアだけでなく収納の可愛さにいつも見とれてしまいます。

BOXは草木を編んだものや、木製、紙製、ガラス製、金属製で、素敵な色にペイントしてあったり、美しい布地が貼られていたり、リボンが結んであったり、少し錆びていたり、傷が味になっていたり…それがインテリアと見事に自然に調和して、その人の個性や物語が映し出されています。

 

一方日本の整理収納はとてもシステマチックで統一感を重要視しているように見えます。

同じ素材・サイズのものが均一にピシッと整列して、細かく分類されていて、テープライターでカチッとラベリング。

こういうのが称賛される文化があるように感じます。

私も半分はこれを目指している、かな?

 

ここからは好みの問題です。

日本でよく見られる収納、確かにすっきりしていて合理的だけど、誰も彼もが同じ収納に見えてしまいます。

私はどちらかというと、住んでる方の個性や習慣が表現されているような収納が好きです。

収納からその方の日常が垣間見えるような。好きなことが見えるような。

「エフォートレス」な雰囲気が出てるとおお!カッコいいな!と思います。

(もちろんお客様がカチ!が好きなら全力でカチ!っとさせるお手伝いをします!その良さも解っています!)

 

整理収納アイテムをスーパーで探す勧め

私はできるだけ金属、紙、布、草木でできたアイテムを「好み」で選ぶようにしています。

理由は可愛いからです。本当のところは、それだけ。

例えば小物の整理収納には、よくジャムのガラス瓶を使います。

スーパーで「ジャケ買い」をするのです。

先日は珍しいスクエア型の小ぶりの瓶に入ったジャムを見つけて嬉しくなり、3つ買ってしまいました。

一つ一つ瓶を開けて、美味しく食べながら、どんなふうになるかなーと時間をかけて想像を楽しんでいます(変態?!)。

クッキーの缶なども可愛いものは手放せません。(限界量は決めて)

私は片付けは実験だと思っていて、分類やしまい方を色々試すのが好きです。

なのでプラ製品じゃなく自然素材だと、万一手放すときもリサイクルできてギルティーフリーで気楽なのです。

「ちょうどよい生活感」を出してくれ、「これは元々あのとき、あれが入っていた」という物語のある整理収納。

楽しくて、可愛くて、おすすめいたします。

「私もここにいていいし、チャレンジしてもいい」と思えるまで

前回のブログでは、自分のことばかり考えていた私が、家族を持ったら自分のことを考える暇がなくなったこと。

彼らの関心に興味を惹かれ、自分以外の人の様々な世界の見方や感じ方、知らなかった楽しみ面白さを知ったこと。

そうして自分中心の小さな世界から引っ張り出され、世界は広く、自分はその一部でしかないことを実感したこと。

そんな話をしました。

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そんなの全く持って当たり前の話なのですが、わかってなかったのですよ。

「知ってる」と「わかる」そして「できる」の間にはそれぞれ長ーい距離があり、私はゆっくりゆっくり進んでいる途中なのです。

そんな私の気付きについて、もう少し続きを書かせてくださいね。

 

「自分が世界の一部でしかない」と実感するとわかること

それはもう、とんでもなく、気楽で自由になれるんですよね。

だってもし世界の中心が私だったら、私は私が属する「女性」「母」「妻」「嫁」「誰かにとってのご近所さん」「誰かにとっての友人」「38歳」などなどのカテゴリーの中の代表者にならなきゃいけないじゃないですか。

凄まじいプレッシャーです。世界代表ですから。

〇〇であるからには「こうあるべき」「こうするべき」「これくらいできなくちゃいけない」そんな課題を自分自身に課して、100点取らないといけないわけです。

 

一方、世界の一部でしかない、小さな存在でしかないとわかれば、私みたいな変人が一人いたところで世界には何の影響もないし、誰も困らない。

相手にされないどころか気づかれない。

誰かにとって私は星の数ほどいる「女性」「母」「妻」etc…の中のひとりだから。

 

だからこそ、こんな私がここにいてもいい。

色んな人がいるんだから、私がいてもいい。

自由に自分の好きな目標を設定して、自分が満足できるように、楽しみながら進めば良い。

そんなふうに思えました。

一枚の紙の上の時計のクローズアップ

「どうあってもいいし、どんなふうに幸せになってもいい」

「こんなダメな私は死んだほうがいい」と思ったこともありました。

でもたとえ死んだとしても迷惑かけた人傷つけた人にお詫びができるわけではありません。

私の命にそんな影響力はないからです。

私がどんなふうに生きようが、死のうが、誰も(そんなには)気にしていない。

家族ですら。一定期間悲しんでくれるでしょうが、私が死んでもその後、子どもたちも夫も幸せになれると思っています。

 

だからこそ、「自由に生きてもいい」と考えています。

死んでも誰にも何にも影響を与えられないんだから、死んでも仕方ない。

そう考えると、悔しいから生きてやろう!と逆に思えませんか?

 

迷惑かけた人、傷つけた人には生きて、「行為」で返すだけ。

バカにされても、自分が「バカじゃないと思える自分」になればいいだけ。

その人たちと今はもう離れているなら、目の前の人たちに同じことをしないだけ。

ダメで、下手くそな私でも、ご機嫌でいつも幸せに暮すだけ。

 

子どもたちにも同じように、色んな人がいて、色んな生き方があるんだから、「どうあってもいいし、どんなふうに幸せになってもいい」と伝えています。

ただし、とにかく、死んでも意味がないと。

失敗する人も星の数ほどいる。だから、チャレンジしてもいい。

チャレンジできない理由は色々あるとは思いますが、一番大きい理由は、失敗が怖いからではないでしょうか。

私はそうでした。

 

  1. 失敗したら恥ずかしい…
  2. やってしまったら後戻りできない…後悔するかも…
  3. まだまだ準備不足だから…

 

もう一人の私はこう言います。ちょっとお待ち下さいよ、

  1. 誰もあなたのことなんか見ていません。失敗する人も星の数ほどいます。だから恥ずかしくないです。
  2. 後戻りして何をやり直すのですか?後戻りするより、失敗して学びもう一度何かするほうが、よっぽどより良い結果になるのでは?もともと大した人生じゃないんです。「こうした方が・こうしなかった方がより良かった」と感じたとしても、大した差じゃないです。死ぬまで、一つでもたくさん経験して、楽しく暇つぶししましょ。
  3. 準備に完璧な終わりはないので、そのままだと一生準備するだけで終わっちゃう。緊張しても落ち着いてこなせるレベルに準備ができたらとりあえずやってみて。やってみたら、意外とこここまで用意しなくても良かったとか、逆にこれが足りなかったとわかる。それからもう一度。そして何度でも。

星空の下の水域に緑の葉の木

お茶目に生きる

私は偉大な人物でもなんでもなく、いち微生物的な存在。

だからこそ、こっそり自由気ままに楽しく人生を右往左往上り下りしていたいです。

おしまい。

棚の上のぶち猫